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一人きりには戻れない

お題:犬の散歩中に飛行機の中で車にひかれる話
いつどこでなにしたゲームで書いたもの。






2月17日の天気予告は晴れ時々曇りだった。

別に自分たちで天気を調節できるのならば、毎日晴れにしとけばいいのに、と思わないでもない。そういうことを口にすると「お前にはジョウチョってもんがない」と同居人に言われるので控えているが、そもそもジョウチョってなんだ。
携帯端末を操作してその意味を調べようとしたところで、足元で犬がわんと鳴いたのだった。早く散歩に行こう、と。それで、僕は単語の意味を調べるというささやかな行為を放棄し、犬の要求に従った。だって優先順位の問題だものな、そこは仕方がないのだ。
空中遊泳都市スカイラインは、今日も定例どおりの遊泳ルートをたどる。時間帯によって外の風景は異なるし、地上の住人達から見れば毎日同じ時間に影を作る厄介者だろう。とはいえ、スカイラインが完成してから今年で二十年を迎える。ここまで来たらもはや、日常の風景でしかないのかもしれない。
そもそも地上に降りたことのない自分たちに、地上の住人の心情を推し量れというのが無理な話だ。
リードの先で真っ黒の犬が、僕を振り返ってもう一度わんと鳴いた。今日はドッグランに行きたいという欲求だろうか。しかしながら同居人から帰宅が早まる旨連絡を受けているので、その時間はない。首を振って見せると、ほんの少し残念そうにきゅぅんと鼻を鳴らした犬が、しかし「この要求を断るということはつまりご主人が早々に帰宅するということですね」と理解したように、すぐに表情を明るくして尻尾をぱたぱたと振り始める。頭のいい犬なのだ。同居人が時折真顔で「俺より頭いいかもしれない」とぼやいているのがよくわかる。同意したらすねるのでしないが。
スカイラインは、全面をガラス状の強化物質で覆ったドーム型の構造をしている。速度約20キロで移動するが、ルートは固定されているため、今日はあっちがいいとかこっちがいいとか、その辺の融通は利かない。二十年前に完成した時は、増え続ける地上災害からの逃避手段として大歓迎されたものだが、宇宙移住計画とにたようなもので、しょせんは金持ちしか選べない選択肢だった。
二十年前、大枚をはたいてスカイラインに引っ越した人間は、世帯数約二十万。スカイラインの規模から想定された既定の人数をわずかに下回る程度だった。現在ではどうかというと、それからさらに2割ほどの人数を減らしているという。そのあたりの情報は、僕にはあまり関係がないので割愛するが。
同居人も、メンテナンスという仕事がなければスカイラインで暮らし続ける気にはならない、とぼやいていたっけ。そんなに悪いもんじゃないと思うのだけれども、まあ、あの人は地上を知っているわけだし、比較しての結論だろう。知らなければ不満もないだろうに。――なんていうと、無知が一番よくないんだと返されるだろうから、これも口にはしない。僕はこれでも気を使っているのだ。
犬のしっぽが楽しそうに揺れて、僕の一歩前を進んでいく。ぴょんぴょんと跳ねるような歩調は実に楽しそうだ。ふと、道路の向こうからエンジン音が聞こえて、僕は慌てて顔を上げた。「車」だ。スカイラインではとても珍しい。
思わずしげしげと観察してしまったのがよくなかったのだろう。その車が突然ぐらりと車体をかしげたときに反応できなかったのは。
とかく、そういう時は完全に、優先順位の問題なのだ。自分は同居人にこの犬を任されている立場であり、それが現在仕事のようなものであるからして、ないがしろにすることは絶対にできないわけで。
だからつまり、僕が身を挺して犬を守るということは、当然の帰結であり。


――あなたがそんな風に泣く意味が、本当に、心底よくわからない。


「うるせえ、お前には本当に情緒ってもんがない」
わあわあ泣き喚いた後にようやく顔を上げて、男はうなるようにそう告げた。
二十台も後半の大男が声を上げて大泣きする様子は相当に奇妙だっただろう。けれども幸い、ここにはそれを面白がるような人間はいない。何しろスタッフも何もかもがアンドロイドという、修理工場なのだから。
病院を模して造られたそこに、白いベッドに寝かされて今まさにちぎれた足を修理されているのは男の同居人、つまりは家族という設定のアンドロイドだった。型番KT―281、略称をツヴァイ。スカイラインが完成した当時から稼働しているためここではかなりの旧式だ。廃棄所から、躯体を回収して修理し、再起動させたのだ。そのため圧倒的な部品不足を誇り、毎回綱渡りのメンテナンスを繰り返していた。
「あのな、だから毎回言ってるだろう。そういうときはお前も犬も助かる道を探せと」
「効率的ではないので」
「いいから多少無理してでも損傷を抑える努力をしろって」
「はあ。でも僕の計算速度だと、やっぱりあれが最善かと。最新式みたいにとんでもない機動力があるわけでもないし」
「そこは火事場のなんとやらでどうにか」
「カジバノナントヤラ?あの、僕に登録されている辞書が古いの知っるでしょう。もっとわかりやすく話してもらわないと分かんないって。それか、最新版をインストールしてもらえると助かる」
困ったように言われて言葉に詰まる。最新版の辞書はツヴァイの型式をサポートしていない、と言うのは簡単だが、そんなことを口にしたら当然のようにこの躯体は、「じゃあ最新版に乗り換えたらいかがです?」と当然のように提案するだろうから、その言葉を聞きたくはなかった。
空中遊泳都市スカイラインは、一部金持ちとアンドロイドたちの町だ。ここに住んでいるのは地上でいうところの裕福層のほんの一握りと、その暮らしを支える技術者や従業員たち、そしてツヴァイのような用途別アンドロイドだけだった。ライアンと名付けた黒い犬が、心配そうに男の太ももに顎を載せて見上げてくる。この賢い犬も、それら裕福層に一時期所有され、飽きたと捨てられたのを拾い上げたのだ。
男は、決して金持ちでもなければ、頭もよくない。
地上で暮らしてもギリギリ中流階級に引っかかる程度なのだが、それでも一芸には秀でていた。機械系統のメンテナンスの技術を買われ、地上よりも何倍もよい給料につられてここに上がってきた。そうして今、ライアンとツヴァイを拾ったせいで地上に戻ることも難しく、なんとも複雑な感情によりここで暮らし続けている。
ある程度お金がたまったら、戻って地上でのんびり暮らそうと思っていたのになあ、と男は息を吐きだす。その様子を見ていたツヴァイが、「溜息って良くないんじゃないっけ?」と軽口をたたくのを聞き流しながら、どうしてこうなったかな、と考えた。
相手は犬とアンドロイドだ。きっと男が地上にもどったところで、不自由なく暮らしていく道は残されている。ライアンは賢いから新しい飼い主にもすぐになつくだろうし、ツヴァイほど古い躯体で起動可能のアンドロイドは、博物館が欲しがるかもしれない。だけど、でも。それでも。
「頼むから気を付けてくれよ……」
多分、男はこの二つの存在をすでに、宝物のように思ってしまっていて。だからこそ他人に譲ることなど、きっとできないのだろう。
「気を付けてるんだってば。だから、優先順位の問題で」
「だってお前の優先順位登録、自分を記録できないだろ」
「必要性がないのに登録出来たらおかしいでしょ」
「必要性はあるんだって」
「そう?」
ツヴァイに取り付け可能な機材はすでに、とっくに廃盤のものばっかりだ。廃棄して新型を買ったほうが安くつくくらい、バカ高く高騰している部品だってある。せっかく貯めた貯金は瞬く間に溶けていくのだけれど。
「……わかったってば。あなたに心配をかけたのは謝るよ」
それでも自分は、この口の減らないアンドロイドを、最後の最後にどうしようもなくなるまで、ずーっとなおしつづけるのだろうな、と思う。
「ツヴァイには情緒ってもんが、ほんとに、ない」
情緒、事に触れて起こるさまざまの微妙な感情。また、その感情を起こさせる特殊な雰囲気。そんなものをアンドロイドに求めるほうがどうかしている。わかっては、いる。
けれどもこのアンドロイドが、自分の存在がどれほどまで感情を掻き立てる存在なのか、それを自覚してくれたらいいのに、と時々思う。
男はばたりとツヴァイのベッドに顔を伏せて、大きく息を吐きだした。


お前がいなくなった時、自分がどうやってそれを乗り越えるのか想像ができないんだ。

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