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透明水彩の世界

初出:2012/06/10
春は美しく、春は醜く、春は優しく、春は冷たい。


優しい夢を祈るようにバトンで短編企画。
・優しい魔法
・最後の嘘
・神さまとワルツを
・透明水彩の世界
・ひとしずくのなみだ
・あたたかな手
・愛しの泣き虫さん
・さよならの代わりに
・弱い音がこぼれた
・儚く溶けた夢の終わり

・星屑ロマンチカ
・世界の最果てに広がる蒼
・優しい夢を祈るように



彼を思うとき、そのイメージはいつも春と重なる。
皆は彼について、優しいとか柔らかいとか、人当たりがよいとか言うが、私は知っている。彼はそれだけの人間では、決して、ないということを。
ただ優しいだけならば、柔らかいだけならば、人当たりがよいだけならば、彼のように他人を惹きつけるはずがない。彼がまったく人間たらしとでも表現できそうなほどに人を寄せるのは、彼がそれだけの人間ではないから、に他ならない。
彼は優しさと厳しさを、柔らかさと鋭さを、人当たりの良さと孤高とを、等しく両立できる。その奇跡的なバランスには、まったく感嘆せざるをえない。両方を矛盾なく「彼らしさ」というカテゴリの中で生かすから、だから、人は例えようもなく彼に惹かれるのだろう。
優しいから好かれて、厳しいから一目置かれる。
柔らかいから人が寄って、鋭いから離れられない。
その、絶妙なさじ加減が、私の中でひどく春と重なる。
彼の話をするとき、だれもが一様に笑顔になる、その空気がとても好きだ。笑顔が咲くのは、やっぱり彼が春だからだと思う。彼はいつも特別なことなど何もしていないよと笑うのだけれど、たぶんそれが本当ならば、彼の存在そのものが特別なのだろう。
本当に、春のようだ。
淡 い紅色の花と、薄く伸びた空の青と、雲の白。まるで透明水彩の世界のようなこの光景に、彼ほどしっくり馴染む人など居ないのだろうと、私はいつも思うの だ。だから、こうして真っ白の画用紙を目の前にした時、そこに記憶の中の春を描く時、まるで景色の一部のように彼の姿をそこに置く。
彼と春とは、同じもの。
そういうふうに私は思う。
「いつも居るね、この人」
そう友人に言われた時も、何を当たり前のことを、と思ってしまう。
「うん、春だから」
「春?」
「そう」
どういうことなの?と友人が首を傾げるけれど、それを説明するのは少し難しい。おぼろげで、酷く曖昧な彼の存在感を、簡単には表現できない。
私 はずっと、冬の中にいて。いい加減凍えることにも慣れて、それなりに楽しみなんかも見つけたりして、風は冷たいものだと思っていて、そんなモノクロの世界 に、彼はいとも簡単に南風を送り込む。暖かい日差しを注ぐ。差し出された手のひらはとても暖かくて、だから、彼は春だった。
私の世界は、そうやって色を変えて温度を変えた。だから、私は春の絵には彼を置きたい。そう思うことは、不可思議なことだろうか。
迷った末に私は、答えにもならないようなことを口にするしかなくなるのだ。


「私は、梅雨になりたいの」


どういうことか、と友人は益々首を傾げるのだけれども、それ以外にどう表現したらいいのかわからない。
「彼は春だから。私は、梅雨になりたいの」
「どうして、梅雨なの」
「雨が降るから」
「雨?」
「そうでないと、どうやって泣かせてあげられるのか、分からないの」
彼はいつでも優しく笑っている。にこにこと。悲しいときも苦しい時も、同じように笑うのだ。泣きそうな顔をしても笑う彼を、私はどうにかして泣かせてあげたいと願っているのに、いつも空回りするばかりで、どうしてもできない。
泣かせてあげられないなら、こんな近くでその顔を見たくない。でも、許されている距離がここならば、私の前では泣いて欲しい。そう思うから手を伸ばして、必死になって彼の手を引くのに。彼は未だにあの水彩のような春の世界の中、途方に暮れたように笑うばかりで。
だから、私は。
「春に雨降らすなら、梅雨だと思って」
その手を引いて、そこまでいけたらと、願う。
……いつも、願っている。



「春は、何もかもを許容するから。それって、全部を否定されるのと同じ事なんだわ」


だから私は、梅雨になりたい。
そうして、哀しく美しい彼を、春から梅雨へ引きずり込むの。

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  • 2012/10/08(Mon)17:14:36
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