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あたたかな手

初出:2012/07/07
一つの、絶望的な、愛しい世界。


優しい夢を祈るようにバトンで短編企画。
・優しい魔法
・最後の嘘
・神さまとワルツを
・透明水彩の世界
・ひとしずくのなみだ
・あたたかな手
・愛しの泣き虫さん
・さよならの代わりに
・弱い音がこぼれた
・儚く溶けた夢の終わり

・星屑ロマンチカ
・世界の最果てに広がる蒼
・優しい夢を祈るように




そのあたたかいてのひらを、大切にしなさいね、エデル。
母さんはそう言って、僕の手をぎゅっと握るのが好きだった。



「エデル、そろそろ帰るぞ」
「まって、もう少し、これだけ……!」
「どれ?」
ひょいと横から手を出して、僕が十分間格闘していたがれきを、ツァイがいとも簡単にのけてしまった。がしゃん、と背後で音を立てて崩れる廃棄物を確認してから、僕はその奥に手を伸ばす。
「ほら、コアだよ。いい値段になる」
「動けばの話な。ほれ、とっとと帰るぞ、雨が来る」
まったく期待をしていないような顔で、ツァイはくるりと踵を返したので、僕もあわててそのあとを追いかけた。雨に当たるとツァイはまたどこか直さなきゃならなくなる。それは僕としても困ることだ。
「ありがと、ツァイ」
「別に。エデルは腕を機械化してないんだから、ああいうときは呼べといつも言っているだろう」
「そうだね、不便だなとは思うんだけどさ」
「バカか」
あきれたように息を吐いたツァイは、いつもと変わらないクールな無表情で、吐き捨てるように言う。
「生身で残ってる部分が多いにこしたことはない。大事にしろ」
とてもぶっきらぼうなのだけれど、僕はツァイのこういうところが友人としてとても好きなので、元気に「うん!」と答えておいた。
大事にしろと。
母さんも昔、よく僕にそう言っていて、それを思い出すっていうのもあるのだけれど。
どのくらい昔からなのかわからない。少なくとも僕が生まれたときにはすでに、地上はめったに青空が見えないほどの厚い雲に覆われ、気候も決して生物に優しくなくて、NONEと呼ばれるウィルスが充満していた。
母 さんが読んで聞かせてくれた本に書いてあったけど、ずっと昔に、裕福だった人たちは空に逃れて、地上に取り残された人たちはNONEを恐れながら隠れ暮ら してきた。ウィルスだから、もちろんそれは目に見えない。どこから感染するのかもわかっていない。そういうのを研究してた人たちも空に逃げたから、地上に 残された人たちには何も残らなかった。今も、奮起してNONEを研究しようとしている人はいるらしいけど、ワクチンが開発されたとか、抗体が発見されたと か、そういう話は全く聞こえてこない。
NONEは、いうなれば無差別殺人者のようなものだ。その通り魔に合わないよう、僕らは常に警戒しながら暮らしている。それでもそこらじゅうにあるウィルスに、一生に一度も遭遇せず過ごすのは無理な話だった。
「エデル、夕飯何かあったか?」
「フェスタさんのパンがまだ残ってるよ。あと、何か煮込もうか」
「肉はもうないぞ」
「ジャガイモがあるから腹は膨れると思う……たぶん」
「期待しよう。いっそ機械化で腹が減らないようになりゃ楽なんだがな。電気で充電できるとか」
「やめてよ。それじゃロボットとかわらないじゃないか」
「それもそうか」
まったく面倒だとごきごき首を鳴らし、ツァイは二人で暮らしているボロアパートの扉を開けた。同時に、降りそうだった雨がぽたりと僕の頭に当たったので、僕もあわてて室内に入る。
NONEは、人の体を腐らせる原因不明のウィルスだ。一度感染すると、空気感染も接触感染もしないが、その人の体から出ていくこともない。だから人は、それに感染したら腐った体の部位を切り落とすことでしか、命を守ることができない。
一 般的にNONEはつま先や指先など、末端から人体をじわじわと侵食する。だからつま先が腐ったら、膝から下を切断して機械化する。その膝がまた腐ったら、 今度は太ももを切断して機械化する。そんな風にしてどんどん体を切り捨てて、何とかして命を守っている。大半は一度切り捨てればそれ以上の浸食はないが、 右足を失ってしばらくしてまたNONEに感染すれば左足を失い、その後またNONEに感染すれば右腕を失って……と、遭遇するたびに体の一部を失うことに なる。
本当に怖いのは、両手両足を失った後にまたNONEに感染した場合だ。その場合、どこから腐るのかがまったく予測できない。頭が腐ったら、もう、死ぬしかない。病院にはそういう患者があふれていると、聞いたこともあるが。
僕も、左足がもうない。右足は膝から下がない。ただ本当に幸運なことにそれだけで済んでいて、母さんが大事にしろと言ったあたたかい手は、まだ残っている。
ツァイは両耳と左の腕も足もない。右も、手首から先はない。それらを機械化で補って、僕らは綱渡りのように生きている。
「エジッタがやられたぞ。もったいないな、きれいな足だったのに」
暗 い部屋の片隅で、ツァイがパソコンを立ち上げてメールをいくつか斜め読みした。地上に住む人間の主な連絡手段はメールだ。パソコンの技術そのものは、旧時 代の遺跡ってくらいに古いものだけれど、僕ら残された民にはそれを模倣することはできても発展させることはできなかったのだ。
「ザビィは?今日機械化手術って言ってたけど」
野菜を煮込むための鍋を取り出しながら尋ねる。ツァイは水にふれられないから、料理はほとんど僕の役目だ。
「まだ連絡はないな。明日にでも隣町行って顔出してみるか?」
「うん。……母さんの墓参りも、したいし」
「決まりだ」
僕 は鍋を丁寧に洗って、地下からくみ上げた水をその中に満たす。手を機械化してしまった人間は、防水の為に特殊な手袋をはめたりして過ごすのだけれど、それ を買うとなると高い。まだ両手が無事な僕がいるのだから必要ないんじゃないか、ということで、水を扱うのは僕の仕事になっている。
「母さんに花くらい買ってやらないとな」
呟 きながらへそくりをあさっているツァイと僕は、兄弟ではないけれど兄弟みたいに育った。両親を早くに亡くしたツァイを、母さんが拾って育てることにしたの だという。でも、僕も母さんの妹夫婦の子供で、やっぱり両親を早くに亡くしたので母さんに引き取られたから、境遇は同じようなものだ。
母さんは NONEにやられて、僕らがようやく自力で稼げるようになるのを見計らうように亡くなった。僕らは本当に悲しくて、もうめちゃくちゃに泣いて、僕のほうが ツァイより少しお兄さんだから、これからは僕がツァイを守らなきゃと思ったのだ。同じようにツァイに言わせれば、僕はなんとなく頼りないから、ツァイが しっかりしなきゃとその時思ったらしい。
ただでさえ頼ってばっかりなのに、これ以上頼ってたまるかと、僕は僕なりに一生懸命なんだけど。
野菜をたっぷり煮こむために鍋に入れて、僕は大きく息を吐いた。リビングではツァイが今日の収穫品を並べながら、
「幸せが逃げるぞ」
なんて言っている。
「ツァイが捕まえといてあとで返して」
「無茶を言うな」
「どう?売れそう?」
「最後のコアが高値だな、さすがラッキーエデル」
ヒュウと口笛を吹いたツァイが、最後に僕が拾い上げたコアを丁寧に磨いている。僕らの仕事はジャンク屋だ。この世界にはそこら中に壊れた機械の残骸が山のように積み上げられているから、その中からまた使えそうな部品を選び出して売る。
ツァ イの左足がNONEにやられた時、僕らは本当にお金がなくて、機械化ができないかもしれないという瀬戸際だった。本当に小さな頃のことだ。僕はどうにか ツァイに助かって欲しくて、宝箱に入れていた拾い物の綺麗な機械を泣きながらジャンク屋に持っていったのだけれど、それがどうやらとても高価な部品だった らしくて、ツァイの手術費用を軽く上回ってしまったことがある。
それ以来ツァイは僕のことをラッキーな男だと言う。そうだなあ、と僕も思う。素敵な母と頼りになる弟分に囲まれて、これがラッキーじゃなかったら何をそう呼べばいいんだか。
「これで万が一の時の手術代くらいは、まあ何とか捻出できるな」
上 機嫌でツァイが言う。僕はそんなことを言って本当に手術しなきゃならなくなったらどうするんだと思うと、若干笑えなかった。NONEに、これから二度と見 つからずに生きるなんてことは、きっとできない。この世界では平均寿命が四十歳代だ。僕が先に死ぬか、ツァイが先に死ぬか、そういうのは完全に運でしか無 い。
それが当たり前の世界だから、嘆きはしない。ただそれでも、人口が急速に減りつつ在るこの世界がいつまで続いていけるのかと考えることは、少し、辛いことだ。
きっと僕らがいなくなった後、そう長くは続かないだろうなと、そう思う。
「エデル。鍋」
「あ、ごめん!」
がたがたと吹きこぼれている鍋の蓋を慌てて開けて、固形のスープの元を投入する。あとは弱火で煮こめばじきに食べられるようになるだろう。そんなばたばたと動きまわる僕を呆れたように見て、それでもツァイの口から出たのは、嫌味ではなかった。
「気をつけろよ手。せっかく残ってるんだから、大事にしろ」


母さんは、僕の手をぎゅっと握るのが好きだった。


ツァイも母さんも、一番最初に両手をなくしたから、そのぬくもりが特別なものに思えるらしい。僕らがまだ本当に小さな頃、ツァイに言われた言葉が忘れられない。
いいなあ、とツァイは。
いいなあ。足と交換でもいいから、手が残っていて欲しかったと。
それは本当に羨ましそうに言われた言葉だったから、きっと今でも、持ち続けている願いなのだろうなと、僕は思わずにはいられない。
「……うん」
ツァイは決して、泣き言は言わない。
僕なんかよりずっと強い。でも、それでも僕は、母さんの愛したこの手のひらが、彼を少しでも楽にできたらいいのになと思う。ツァイの一番辛い時に、母さんがそうだったように、僕の手はあたたかくて安心すると、そう言って欲しいと思う。
それがたとえひとりよがりだったとしても。


「大事にするよ」


いずれこの両手も、ツァイと同じように機械になる。だからその時まで、僕は精一杯の努力をしよう。
せっかく残っているんだから。
一番ツァイの役に立つんだから。
母さんが、大好きと言ってくれたものだから。
だから大事に大事に、ちゃんと使って行かなくちゃって僕は、思うんだ。



けどもしも、このあたたかな手が温度を失う時が来ても。
僕らは笑って、やられたなあと少し悲しんで、そうして前を向いて行こうね。
約束だよ。

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