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哀愁/イメージ

初出:2005/9/21
ノスタルジア。

ここから落ちれば死ねるだろうか。
何度目かのため息をつきながら、性懲りもなくもう一度繰り返し考えた。


暁の空はとうに闇に飲まれ、凍えるような風がまた背中から追い越していく。橋の手すりに寄りかかり、はげかけた赤いペンキを指でこすると、指先に赤っぽいサビと湿った匂いが残った。
自宅を出たときはこんなところに来る予定などなかった。それなのに、足が向いてしまったのだから仕方ない。子供のころは途方もなく長く感じたこの橋も、十数年の時を越えるとちっぽけなものだ。
遠かった。
記憶の中の世界とは、あまりにも。
子供のころは無敵だった、と思う。
何も怖いものなどなかった。自分の力は未知数で、不可能などどうにでも可能にできると思っていたのだと思う。誰も怖くなかった、失うという可能性を知らなかったから。
きっとそれがゆえに、無敵で残酷な子供という生き物は、独自の世界を心に作り出す。それが、今見渡すとちっぽけで頼りない者だとしても、壮大で強固なものだと信じて。


そう、信じていた。


思いがけず、子供のころ過ごしたこの町にやってきたのは、もう日が傾きはじめてからだった。記憶の中の街と一つ一つ照らし合わせながら、ゆっくりとゆっくりと歩いたけれど、記憶と寸分たがわず存在するものなど何もなかった。
これが、現実。
無敵だった子供は大人になり、負けを知る。
恐怖が大人を支配する。まるで先が真っ暗な落とし穴であるかのように。
水面を見つめる。
流れがほとんどないそのにごった川にも、頭上の月が映し出されて、今日が満月であることを告げた。昔は、と思う。
子供のころは、この月さえも、自分の所有物だった。
時の流れを実感し、自分が大人になってしまったことを理解したら、急に怖くなった。それは今日まで無自覚のままで放置していたのに、とうとう記憶の世界を打ち砕き、心をのっとる恐怖だ。
震える。全身が未来に拒否反応を起こす。空白の中に取り残される。
人生なんてまだまだ先は長いはずなのに、それでもその長い道が怖くてたまらない。どこまで歩けばいいのだろうかと、震える指が体を押さえつける。生きていくには、この世界は余りにも広く、先の人生は、途方もなく長い。
怖い。
夏が終わるからだ。
夏と一緒に死ねればいい。
多分、去年の夏もそう思っていた。春の終わりには春と一緒に、と願い、秋の終わりには秋と一緒に、冬の終わりには冬と一緒にと願っていた。年が変わるときには今年で終わろうと思い、節目節目で、そうして逃げようと必死だった。
この途方もない人生から。
どうにかして逃れようと、ただそればかりを繰り返し。それなのに一度たりとも、それを実行に移すことが出来ないまま。
だから、また性懲りもなく思っている。
ここから落ちれば、死ねるだろうかと。この泥水のようなにごった水に埋もれて、死ねるだろうかと。
生きていたって苦しいのだから、死んだって苦しいに決まっている。それなのにそれを実行するのも馬鹿らしい、そう分かっているのに。
水面に月が揺れる。まん丸で、満たされた月。
月は怖くないのだろうか。もう何千年と生きたはずだ。途方もない間戦ったはずだ。どうしてまだ生きていられるのだろう。強いからなのだろうか?
それならば、自分は弱い。
確実に、明確に。死する勇気さえない、ただの臆病者だ。
何度目かの風が、背中を撫でていく。
日常に戻ることさえも怖くてたまらない。どこまで生きていけるだろうか、そんなくだらない疑問に支配されてしまう。でも、戻らなければ。
感傷に浸る時間は永遠にも近いように感じる。
それでも努力して腕に力を込め、橋の手すりから離れた。非日常にさようならを。
足元に落ちていた小石を拾って、腹いせのように川に放り投げたら、弧を描いて水面に消える。波紋が、丸い月を歪めた。
ああ、と息をつく。


これで月は一度死んだかもしれない。
願いのようにそう思った。


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