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平和に死す

初出:2005/9/10
戦場とあの星と君と僕。


あの星がいいんだ、と笑う君。
あれしかいらないと。


思えば本当に小さな、小さな歪だった。僕たちが昔、共に戦っていたときは、君は生きることに疑問など持たず、ただ目の前の戦場を切り抜けることだけ考えていればよかった。
けれどある日、唐突に戦いは途切れる。
銃声がしない。
剣を振るう相手がいない。
拳を作っても、それを振り下ろす対象が、ない。
唐突過ぎるその戦場の終焉は、地獄みたいにからっぽだった。
僕たちは、戦う相手を失い。
そして世界は平和という名ばかりの安心を取り戻す。
終戦。
自分たちが勝ったのか負けたのかさえも分からないまま、踏みしめた大地は余りにも冷たくて、何人殺しても何度殺されかけても流れなかった涙がでそうになった。
僕でさえそうだったのだから、生まれたときから戦っていた君は、もっとそうだったのだろう。
君は・・・。
戦わないで生きる方法など、知らないと呟いた。
あの胸が張り裂けそうな空っぽの空気の中、それだけが音だった。
人を殺さずに得られる生など知らない。
人から攻撃されずに貰うものなど知らない。
人間として、人間らしく生きたことなど・・・ない、と。
僕は。
この地獄のような戦場で、常に笑っていた君しか知らなかったから。表情を嘘のように消して、呆然と佇む君が痛くて。
人々が帰るために流れていくその波に、君を残してひょいと乗っかった。じゃあね、帰るよ。また会おう。きっとだよ。
陳腐な別れの言葉は、君の頭を素通りしていたんだろう。

最後のバスが出るまで待ったけれど、君は結局送迎バスの乗り場には現れず。
僕は、戦場を忘れると決めた。


君を蝕んだのは平和だった。痛いほど分かる。
思 えば、いつでも笑っていて、明るくて、ムードメイカーと言われた君なのに、友達というと僕しかいなかったね。壁を作って、踏み込むなと威嚇するように、時 に険しく目を光らせるところがあった。僕の何が君の警戒を解いたのかは知らない。でも、君が心を許していたのは・・・本音を教えてくれたのは、きっとあの 広大な戦場で僕だけだったんだ。
痛いほど、分かる。
平和を取り戻した世界で、自分たちが勝ったことを知り、僕は悠長にのんびりと暮らしていた。浅く眠る癖はそのままに、負った傷が癒えるまでと自分に言い聞かせ、何をするでもなく、ただ生きていた。
時折銃声を聞けばとっさに物陰に隠れたし、視線を感じれば逃げたけれど、おおむね順調に平和に適応していったんだと思う。
そんな時、電話が鳴った。

砂漠の外れの精神病院からだった。

君は真っ白な壁に背を預けて、いつもそうするように片足を抱くように座っていた。戦場と同じ笑みを浮かべて、同じように僕の名前を呼んで。
あなたの名前しか呼ばないの、と看護師が言うのさえ、君には聞こえていなかったね。
僕が君を呼べば、何だその格好は、と君が問う。
綺麗な服着てるな、死ぬ気なのか、と。
君の生きる戦場はまだこの白い部屋で続いている。何もない手の中に空想の拳銃を持ち、病院の用意した白い寝巻きの腰に、幻想の剣を差して。
時折、君にしか聞こえない爆音がなって、何度か床に引き倒された。そのたびに、おい、耳の調子が悪いのか?反応が鈍いぞ、と困ったように君は言う。
僕は。
僕は、そうじゃないんだという代わりに、涙を懸命にこらえて。
悪いんだ。
もうめちゃくちゃに悪いんだ、体調が。俺はこのまま死ぬかもしれない、とこぼした。
平和に殺される。
君の知る戦場の僕が、平和というドロ水の中で窒息死する。近い未来、必ず。もう、君のいた戦場には戻れないんだ。
お前が死んだら、俺は辛いな、と君が笑う。
引きつったようなその笑みは、誰かが死んだときによくしていた。皮肉っぽく、あふれる悲しみの瞳。
ああ、君は、こんなになってまで。
戦わないと生きていけないのか。
なあ、なにかやるよ。形見分けにさ。僕の持ち物でよかったら、何でもやる。何がいい?
問えば君は、目を伏せて何か考え込み、やがて真っ白な天上を指差した。
あの星がいい、とその声が言う。
いつも俺の真上にある、あの星がいいと。
それは僕の持ち物じゃないからあげられないと言ったなら、君はまた薄く笑って。
いいんだよ。俺がお前の名前、あの星につけてやるから。だからお前はあの星。俺は星になったお前を貰うよ、と。
そんなものでいいのか。
いいんだよ。あれしかいらない。
ふいに君の頬を涙が流れた。
ああ、そうだ。君の友達は僕しかいなくて。君が本音を言える人間も僕しかいなくて。君にとって戦場は、僕と君の二人だけのものだったんだ。
僕が死んだら。
君は、一人ぼっちで、戦場に。
ごめんな。
ごめんな、ごめん。僕は先に行くけど、君を置いていくけれど。
忘れないでくれないか。僕がいたこと、君と友達だったこと。君と一緒に戦ったこと・・・僕たちのこの戦場を。
どうか。
忘れないで。

こらえようとした涙に埋もれ、途切れ途切れにそういうと、君はまた、哀しむように笑った。
忘れないよ。
忘れない。俺、この戦場でしか生きていけないから。
お前が死んだら、お前の名前の星と一緒に戦っていくよ。
だから、泣くな。



人を殺さない日常なんて知らないと泣いた君は。
平和に蝕まれて、今日も戦場に立つ。

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