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陰屋噂話続

 陰屋噂話続



 陰屋さんのことですか?ええ、存じ上げておりますよ。
 本来ならテナントさんの話をぺらぺら話すのは良くないことですが、あの方はほら、職業柄ね。なんでも喋って構わない、と御本人から言われていますから。ここらじゃ有名ですしね。
ええ、県内の不動産屋ならみんな知っているんじゃないかなあ。大手は特にね、お世話になることも多いので。そりゃ、仕事の話ですよ。

 心理的瑕疵物件、って聞いたことありませんか?
いわゆる事故物件のことです。人が死んだ部屋とかね。病死、自殺、殺人、孤独死なんかもね、最近増えてきてますから。それから、まあ一応強盗があった部屋だとか、人は死ななかったけど事件が起こった部屋だとか、色々。普通の人がちょっと住むのをためらうような部屋ばっかりです。
あなたにとっては遠い世界の話かもしれませんが、都心でワンル―ムを転々とするような独身貴族には身近な話ですよ。わざわざインターネットで調べてから内見に来るような人もいますしね。そういう事故物件については、不動産屋としては悩みの種なんですよ、本当に。こっちが悪いわけじゃないですからねえ。
 施工不良だとか耐震偽造だとか、物理的な問題ならね。補強するにしても立て直すにしても、解決策ってものがある。でも心理的瑕疵物件に関しては、こればっかりは、個人の感性に寄るところも多いし扱いが難しいんですよね。一応、そういう物件に対して明確なガイドラインは無いもので、告知義務は無いんです。無いけれど、常識としてそこらへんは考えろよ、というのがお国の方針らしくて。
告知しない業者は悪徳扱いですよ、いやはや、たまったもんじゃありませんねえ。何年か前の裁判じゃ、前の入居者が自殺したことを告知しなかった不動産屋が有罪判決を受けて騒がれたりしましたね。不動産屋ごとに規定は違うでしょうけれど、うちの店では、次の入居者には必ず告知すること、ってルールにしています。平気な人は平気ですからね、そういう部屋でも。気に病むほど繊細な人は、話を聞いた段階でそこはやめよう、となりますし。

ええ。この、心理的瑕疵物件っていうのには、極稀にすごいのがあるんです。
過去の事例でいきますと、何度塗り替えても人の顔が浮かんでくる壁だとか、ワンルームで自分以外の生活音がするだとか、夢に女の人が出てきて「出て行け」と怒鳴られたとか……。実害が無けりゃいいんですが、中には連れて行こうとするのもいたりします。そんな時に、陰屋さんです。
 入居者や不動産屋の話から、手に負えない物件が出たとなるとね、陰屋さんに打診が行くんですよ、一ヶ月ばかり別荘で過ごしませんか、とね。
 住所と写真を見せてこちらです、と言うと、陰屋さんは少し考えてから値段をいいます。一ヶ月住む対価ですね。程度の重いものは何百万とかかるけれど、軽いものだと何万くらいの金額です。それで、不動産屋と折り合いが付けば、陰屋さんはそちらに引っ越すと。
 高いほうがためらうと思うでしょう?
実際は逆です。高けりゃ高いほど、それだけやばいものなんだと即決する店が多いですね。で、安いと、ああそんなもんなのか、とためらうんです。その程度なら、あるいは、平気な人に貸しちゃえば消えるかも、ってなもんですね。
うちの物件で、最高額は二百五十万でしたよ。最初の住人が自殺、それを承知で次に入った人が三ヶ月後にやっぱり自殺。しかも新聞にも載っていない同じ方法でね、こりゃあやばいなと思いました。でも、その物件立地が良くてね、すぐに次の希望者が現れるんです。
当然、うちの方針ですから、自殺者がありましたと告知するんですが、それでもいいという若者が3人目に入りました。それで、二ヶ月後くらいかな、店じまい間近の店舗に駆け込んできて、今すぐ、一刻も早くあの家を出たいと。まるで要領を得ない話をまとめると、恨みがましい目で見てくる男が出るんだそうです。そして、その人を見ているとなんだか自分が取るに足らない、価値のない存在に思えてくる。だんだんだんだん、死にたくなる。何もかもどうでも良くなってくる、と。
 幸いその若者には恋人がいて、その人がなんとか家から連れ出してくれたおかげで洗脳状態がとけたそうなんですが、そこから我に返ってすぐ不動産屋に飛び込んできたというんですね。
こりゃあ厄介な案件だ、とすぐに分かりました。とりあえずしばらく恋人の家に泊まるというそのテナントと電話番号を交換し、すぐに陰屋さんと連絡を取りましたよ。
時期によっては、一ヶ月も二ヶ月も捕まらないときがあるんですけど。あのときはすぐに電話がつながって、店長がしどろもどろで口にした住所聞いただけで、『ああ、あそこ。だめですよ人を入れちゃ。死にますよ』とさらりと言われたんです。
わかってたんなら言ってくれ、と思いますけどねえ、あの人は聞かなきゃ何も答えてくれないから。結局、テナントさんはそのまま別の物件を紹介して、あの部屋の荷物なんかは社員が回収して届けたんです。それで、ガランとした部屋に、入れ違いで陰屋さんが入りました。
きっかり一ヶ月です。
出るときには、『もう出ないと思います』と。それだけでこっちとしては安心ですけどねえ。ただ、陰屋さんがやけにやつれていたので聞いたんですよ、そんなに厄介でしたか、と。そうしたら陰屋さんはいつもの穏やかな顔で首を振ってね、言うんです。
 いえ、思っていたよりすぐに消化してしまったので。今、腹が空いて仕方がないんです。
 不動産屋さんの仕事は数が多いから助かるけれど、腹持ちが悪いんですよねえ、と。そんなこと言われてもこっちはどうしようもありゃしませんが、ええ、もちろん普通の食事の話じゃありませんよ。その日からしばらく、陰屋さんとは音信不通になりました。
ふらっと戻ってきた陰屋さんが、うちの店にも挨拶に顔を出したのがそれから半年後です。最後に会った時に比べるとつやつやしてましたね。
すごい呪詛がありまして、と嬉しそうに、無邪気に言ってました。どっかの祠に残っていた保存状態の良い呪いを食ってきたとかいう話でした。あの人の話を、どこまで真面目に聞いて良いのやら私にはわかりませんが、少なくともあの人が少しの間暮らした部屋では、その後一切の怪奇現象が起きないことも確かです。食い尽くされてしまいますからね、文字通り。
だからまあ、不動産屋としましてはね。陰屋さんは、まあ、清掃業者とか、そういう感じの人です。問題のある部屋専門の。そういうことにしてるんです。
それ以上はね、不動産屋が知るべきことじゃ、ありません。
あなたも気をつけたほうがいいですよ。


深淵を覗き見るとき、深淵もまたあなたを見ている、って言葉があるでしょう。
陰屋さん、きっとあなたを知っていますよ。

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