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陰屋噂話

2019/1/13 かきおろし


世の中には、そりゃあ、奇っ怪なことがあるものです。


私どもがその『陰屋』という方に連絡をとったのは、ええ、庭にありました社のためです。うちはこのような田舎町に代々土地を持っておりまして、昔は庄屋としてこのあたりを取りまとめていたと聞いておりました。今も古い方は家の者を庄屋さんと呼ぶくらいです。ですので、ええ、ちょっとした恨みなども――そう、そういう立場ですから。おわかりでしょう?
 百年ほど前に火災があったそうで、残念ながら古い文献などは残っていません。ですから、あの社がなにかを祀っていることは知っていましたけれど、何を具体的に祀っているのかまでは。それでも、ええ、私も夫も少しね、見えるほうですので。あの社が良くないものを閉じ込めているということは、よく知っておりました。おそらく呪物なのだろう、とは。
この夏に、水害がありましたでしょう。大雨でこのあたりも被害をうけまして、裏庭もがけ崩れに一部飲まれてしまいました。危ないので土砂を取り除いて崖の補強工事をしないといけないという話になったのですが、そのときに問題になったのが、あの社です。
あの位置にあると、どうしても、工事の邪魔になってしまうというのです。なんとか手順を踏んで移動させたかったのですが……。ええ、隠しても仕方がありません。あれを移動させようとすると必ず人が死ぬのです。それで、祖父の代から動かせずにいたのですよ。
 工事に関わっている人が死ぬこともあれば、それを指示した家の者が死ぬこともあったそうです。私が覚えている限りでも、あれを壊そうとした叔父が大変な死に方をしたことがありますから。禁忌というものです、見えている地雷というやつですよ。それで私達、すっかり困ってしまったのです。
うちには小さい子供もいますから、崖をあのまま放置はできませんでしょう。どうにかして補強工事は行いたいのですが、そのためにはあの社を動かさないといけない……困った末にたどり着いたのが、『陰屋』でした。ええ、かげや、です。
 誰に紹介されたとか、どう依頼したとか、そういうことはちょっと……ええ、そういう約束でしたので。とにかく、得体の知れない呪物をどうにかしてくれる人なんて、その人以外に無いと太鼓判を押されて紹介していただきました。家としても藁にもすがる思いで依頼を出して、そうして、その人は木曜日の朝に来ました。
ええと。申し訳ないんですけれど、どんな顔だったかとか、そういったことはちょっと。いえ、別に口止めをされているわけではないんですけれども、私には見えませんでしたから。
――そのままの意味です。
 見えなかったのです、あまりにも黒いものをまとっていたので。
さあ、それが何なのか、正直なところ私には全く見当も付きません。私も夫もあまりの禍々しさに近づくことさえできませんでしたから。陰屋さんは「すみませんね」と笑って、「俺自身が呪いの塊のようなものですから、近づかないほうがいいですよ」なんて、とても、軽い口調で……ええ。
 私達は社に陰屋さんを案内しましたけれど、内心、これは失敗したかもしれないと思っていました。その、私達も知識があるわけではないので。そういう職業の方というと、ほら、寺の住職様だとか、神社の神主様のような……そういう人を思い描くでしょう?上手に祓ってくれる方とか、浄土へ渡してくれる方だとか、そういうものを。
でも陰屋さんは違いました。陰屋さんというのは、ええ、そりゃあ本名ではありませんよ、屋号です。陰屋さんというのはその、呪物のようなものを――食う、とあの方は表現していましたね。だから、本当に手のつけられないものだとか、厄介でどうにもならないものだけを相手にする、と。
これは大変な人を呼んでしまったな、と思いました。少し、恐ろしかったですね。真っ黒い何かをまとわりつかせたまま、陰屋さんの声はどこまでも元気そうでしたから……「そろそろ新しいのを食いにいかないと、と思っていたんですよ。いやあ、助かりました」なんて、のんびりと。
 結果ですか?ええ……、結果としては、良かったのかもしれません。
あの方は、社を見て歓声を上げたのです。「うわあ!」と、大変無邪気に、嬉しそうな声でした。社へ走って近づいたかと思えば、すごいすごいとひとしきり騒いだあと、こちらを振り返って。
なんて言ったと思いますか?
 「こんなに古い呪詛は初めて見ました、保存状態がいいですね!」ですよ。好きで保存していたわけでもないのに。そもそも呪詛に保存状態って、関係あります?
 私どもがぽかんとしている間に、陰屋さんは社の扉を開けて、無造作に中にしまってあったものを掴みだしました。まるで郵便受けからはがきを取り出すときのような気楽さで……おそらく小箱のようなものでしょうね。それを、素手で。あんなものを、素手で掴むだなんて!
 離れていても、あれの禍々しさはよくわかりましたよ。陰屋さんの手を中心に、黒い蛇のようなものがうぞうぞと広がっていましたからね。私なんて叫んだかもしれません。そりゃ、少しは見える方ですけれども、あんなものを見たのは初めてでしたから。
 陰屋さんはああすみません、なんて言って、それを自分のブルゾンのポケットに突っ込みました。ひどく重苦しい空気の中で、彼はこう言ったのです。
 「じゃあ俺は帰りますので、あとはご自由に。あ、お代の振込はよろしくお願いします」
――はい、これで全部です。ええ。
もちろん、とっととお代は振り込みましたよ。取り立てに来られたら困りますからね、あんな真っ黒な呪詛の塊みたいな人。社の方は、陰屋さんが帰ってから急いで儀式をしてほかへ移しましたけど、もう中身は無いようでした。まあ、目の前でブルゾンのポケットに入れられるのを見てしまいましたから当然なのですけれども。
 陰屋さんって、何なんでしょうね。あんな真っ黒な塊、本当に人間なんでしょうかね。私にはちょっと、わかりません、ええ。
 最初の数日は、あれが戻ってきて私達を祟ったらどうしようと、そんなことばかり考えて怯えていたものですけれど。でも、もう、あれから一年は経ちますし、そろそろ安心して眠ってもいいかもしれません。
 悪食だとは思いますけれど。


でももうそろそろ、陰屋さんもあれを消化した頃じゃないかしら?

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