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神様とワルツを

初出:2012/08/04
あたたかな手、の続き。
心の淵にいる、一人の女神。


優しい夢を祈るようにバトンで短編企画。
・優しい魔法
・最後の嘘
・神さまとワルツを
・透明水彩の世界
・ひとしずくのなみだ
・あたたかな手
・愛しの泣き虫さん
・さよならの代わりに
・弱い音がこぼれた
・儚く溶けた夢の終わり

・星屑ロマンチカ
・世界の最果てに広がる蒼
・優しい夢を祈るように



私達、手を取り合って踊るのよ。
そう言って笑った彼女を、多分俺はずっと忘れることができないんだろう。



「足、なくなっちゃった」
不 思議そうにそんなことを言ったエジッタの、機械化されたばかりの左足に視線を落とした。物質的になくなったわけではないし、機械化されたのは片方だけだか ら、彼女の言葉は正しくない。けれども「あるだろう、そこに」と言いかけた口を閉ざしたのは、ここに来る前に血の繋がらない兄であるエデルが「ツァイは言 葉の選び方が不器用すぎる」と言ったのを思い出したからだ。
人当たりがよく友人の多いエデルの言葉は、今となっては唯一の家族だという事を差し引いても、俺はとても尊重しているんだと思う。思い返せば小さな頃から、俺は話すことが得意じゃない。
「ツァイ?」
沈黙を保った俺を、エジッタがその栗色の髪を揺らして見上げる。髪の色と似ているブラウンの瞳は、いつ見てもガラス玉のようだ。これに見つめられると、どうにも嘘がつけない。
「……いや、エデルに言葉を選べと言われたもんで考えていた」
正直に白状した俺を、どう思ったのかエジッタは笑う。「ツァイらしい」なんて言葉を、その唇がこぼすのは初めてのことではない。
こ の世界には、NONEというウィルスがあふれている。エデルが言うには、大昔にそれが発見されたばかりの頃は、今よりもっと科学的に進歩していて人もあふ れるほど地上にいたらしい。らしい、というのは現状がそうではないからだ。人口は急速に減りつつあり、世界は衰退の一途をたどっているのが、俺達にとって は「現状」だった。裕福層は皆空に逃れ、地上に残されたのは裕福とは縁がなかった普通の人たちで、NONEウィルスはそんな人間たちを容赦なく襲う。
NONEに侵された人間は、末端から腐っていく。治療薬はない。自然治癒もしない。
対処方法はただひとつ、腐る前に切り落とすだけだ。
長いことNONEと戦ってきた人類は、切り落とすだけで終わらせず、切り落とした部位を機械化で補うことも習得した。それでも、NONEに対する有効な抵抗策は皆無のままだ。
エジッタの、機械化された足は、左の膝から下だけ。
ただそれだけなのに、ついこの前までの彼女の魅力的な足のラインを考えると、惜しいなと思わざるを得ない。
「綺麗な足だったのに」
口をついた本音は、なんだかとても掠れていて、慌てて口を抑えた。
エジッタは、また笑って、うん、と頷いた。
「気に入ってたんだけどね」
NONEは一生のうち何度も遭遇する天災のようなものだ。
指先が腐ったら手首から先を切り落として機械化する。接合部の手首の方が腐ったら、肘から下を切断して機械化する。それでも肘から腐ったら、肩まで切り落として……そうして運が良ければいくらかは自分の体が残るけれど。
母さんは、脳がやられて助からなかった。
大抵の人間はそうやって、助からない。だからこそ世界の人口は、これほどまで急速に減少しつつあるわけで。
「……もったいないな」
未練たらしくもう一度つぶやくと、エジッタは明るい声であははと笑って、それから軽く俺のうでを叩く。
「未練がましいなあ、私より惜しい顔してる」
「気に入ってたんだ」
「うん、知ってるよ」
エジッタの左手が伸びて、白い指先が俺の機械の指先に触れる。この手に温感機能はないから、ぬくもりはわからない。どうせ触るなら皮膚に触ってくれればいいのにと思う。俺には両耳と左の腕も足もないし、右の手首から先はないから、どうせ触ってくれるなら顔がいい。
「ねえ、ツァイ」
「なんだ」
「同じだねえ、左足」
にこりと笑う。
俺は、笑うことができない。
「……そういう、ことを」
エジッタは、小さな頃からそうだった。双子の姉を亡くしていらい、誰かと同じということを極端に喜ぶ子供だった。それがたとえ傷や痛みでも、まるで本当に嬉しいというように。


「そういうことを、喜ぶな」


だ から俺は、エジッタが笑うと少しどきりとする。まだ俺が母さんに拾われたばっかりの頃、仲良くしてやってくれと紹介された時、エジッタは俺の機械になった 耳をうれしそうに触って、「同じ」ときゃらきゃら笑って、腐り始めた自分の耳を指さしてみせた。「明日手術するんだよ」と、なんでもないことのように。
俺にはひどくその笑顔が……突き飛ばして逃げたくらいに、怖かった。
NONEというウィルスの恐怖は、子供には受け入れがたいほど大きなものだ。それなのに彼女は機械化の手術に望む時でさえ、普通の子供なら泣き叫んで暴れるような時でさえ、ずっとにこにこ笑っていた。本当にそれが嬉しいというように笑っていたんだ。
「俺はお前の、そういうところが好きじゃない」
その、恐怖が欠落したようなエジッタの笑顔が。
俺は今でも、一番怖い。
「うん、それも知ってる」
静 かに微笑みをたたえたまま、エジッタはゆっくりと左手を引っ込めて、祈るようにぎゅっとそれを握りしめた。手が残っていたら良かったな、といつも思う。俺 の両手はもう機械だけど、もしも手が残っていたら、こういうときその頭をなでることもできるし、手をつなぐことだってできるし、きっとその温度は彼女に伝 わるだろうに。
手が残っていたら。
きっと触れることも怖くないのに。
「嫌いだとは言わないツァイの優しさに、私はいつも救われるよ」
エジッタは笑う。
さっきまでのとはちがう、静かな水面のような微笑で。この笑顔なら怖くない、と胸をなでおろした。さっきの満面の笑みは怖いままだ。
「嫌いじゃないんだ、言えるわけがない」
「うん、そういうところ素敵だと思うよ」
「そうか」
「そうだよ」
素敵だとかそういう言葉をサラリと口にする、エジッタの方こそ素敵なんじゃないだろうか。俺はそう思うけれど、そんなことはとても言えない。こういうときエデルなら、きっとそのままストレートに褒めるのだろうな。
も う一度エジッタの足に目をやる。機械化したところと生身のところは、適合するのに時間がかかるので、包帯でぐるぐる巻きにされている。うまく循環すればい いが、やっぱり百人に一人くらいは拒否反応やアレルギーに見舞われる場合もあるらしい。エジッタにその症状が現れなければいい、と思う。
「……気に入っていたんだ」
もう一度繰り返した。うん、とエジッタは頷く。
「わかってるよツァイ。でもね、足がなくても私は歩けるんだよ」
そんなことは知っている。
そう言いたくて、言えなくて。ただ息を飲み込んだ俺をまっすぐに見つめて、エジッタは言った。
「ツァイがそんな、痛々しい顔することない。私は歩けるし走れるし、飛んだりはねたり、踊ることだってできるよ。だから、そんな顔しないで」
どうして、言葉をうまく操れる人間は、こうやってまっすぐに目を見返してくるのだろう。エジッタもエデルも、母さんもそうだった。俺はこれができない。だってこんな真っ直ぐに見たら、見透かされてしまいそうで。
ふいっと目を逸らした先、窓に写ったエジッタが微笑みを深くする。大丈夫だよ、とその声が告げた。


「大丈夫、私はまだ歩いていける、ツァイと一緒に歩けるよ」


昔から、エジッタは誰かと一緒とか誰かと同じとか、そういうことに固執する子供だった。双子の姉が幼いうちに亡くなっていらい、心のバランスが崩れてしまったのだという。とにかく周囲の人間と同じ所を見つけないと気が休まらなくて、いつでも必死だったとエジッタは言った。
友達の真似をして髪を伸ばして、友だちが切ったら自分もはさみで切ったなんてこともあった。エデルの話し方を真似て、母さんの趣味の料理を習って。俺の歩き方を真似ようとして、歩幅が違うと泣いた。
病的なまでのその「同じ」に固執するエジッタを、叱り飛ばしたのが俺だった。
同じ歩幅じゃなくたって、一緒に歩いて行くことができるだろうと手をつないだ。道は同じだろうと引っ張った。エジッタは引きずられながら、それでも、「そうか、同じだね」と笑ったから。
それ以来エジッタは、俺と同じであることに固執する。同じ道を歩くことを、同じ空間にいることを好む、その感情を。
果たして俺は、気づいていいのだろうか、まだ迷っている。
「……わかってる」
かろうじて声になった言葉は、とても掠れていて。
まるで自分の声じゃないみたいだ。
「わかってるんだ」
エジッタが一人で立てるということも。一人で歩けるということも。
けれども俺はずるいから、良い人じゃないから、優しくないから、エジッタが立てなくなればいいと思ったんだ。一人で立てなくなったらいい、そうしたら。
一緒にいるのに理由ができると、そう思ったんだ。
でもそんなこととても、言葉にできやしない。
「ツァイ、退院したら、ワルツでも踊ろうか。練習しようよ」
エジッタは笑う。
昔からその笑顔が、いつも一番怖い。


「人は一人じゃ生きていけないし、ワルツは一人じゃ踊れないんだよ、ツァイ」


彼女はいつも、俺と一緒に歩いてくれた。
俺と一緒を喜んでくれた。俺と一緒を望んでくれた。手を引いているはずだったのに、ほんとうの意味で引っ張ってもらったのは俺の方だ。エジッタはいつも「俺」がいいと言ってくれた。他のだれでもない「俺」を選んでくれた。
俺にとっては、彼女は神様みたいなものなんだ。
……今も変わらず。
「……エジッタ」
名前を呼ぶ。
きっと君は知っているんだろうな、この臆病な葛藤を。
それでも俺がいいと言うんだろうな。知っているよと笑って、だからツァイがいいんだよ、と。そうしてただ穏やかに逃げ道を塞いで、距離を測る俺の手をとるんだ。いつもそうだったように。


「私達、手を取り合って踊るのよ」


人生という舞台で一緒にね。
そう言って笑った彼女を、多分俺は。
もしかして失っても、それとも俺が先に失われるとしても、そうやって生まれ変わっても、ここではないどこかの世界へ飛んだとしても、ずっと忘れることができないんだろう。
手を伸ばしたくて、機械の手のひらを握り締める。
ああ、やっぱり手が残っていたら良かった。差し出すのが機械の手のひらじゃあまりにも格好がつかない。それでもきっとエジッタは、喜んでその手を取るのだろう。



機械の手じゃ、君にぬくもりを残せないから嫌なんだ、なんて。
……そんなの絶対に、言えやしないけど。

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