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儚く溶けた夢の終わり

初出:2012/05/12
後悔と挫折と、それから、愛。


優しい夢を祈るようにバトンで短編企画。
・優しい魔法
・最後の嘘
・神さまとワルツを
・透明水彩の世界
・ひとしずくのなみだ
・あたたかな手
・愛しの泣き虫さん
・さよならの代わりに
・弱い音がこぼれた

・儚く溶けた夢の終わり
・星屑ロマンチカ
・世界の最果てに広がる蒼
・優しい夢を祈るように


0時を回った都会の夜は、宝石箱のようにきらめかしい。
その、どこか嘘っぽい輝きに、溺れる者もいるだろう。はぐれる者もいるだろう。はたして自分はどちらに入るのか、とぼんやりと考えながら、ベランダの手すりに頬杖をついた。月のない夜、風も弱く、考え事に沈み込むには最適だ。
大きく、夜に息を吐き出す。冬のように白く濁ってくれればまだ、生きているなあと実感もできたかもしれない。ただこのぼんやりとした温度の中で、すべてがあいまいに薄れていくような、そんな気が今はしている。
心は、死ぬのだろうか。
感情は、死ぬのだろうか。
痛みを伴うならば、まだ生きているのか。ではどこまでその痛みを引き連れば、死んでしまうのか。わからなくて途方に暮れて、だからもう一度大きく息を吐き出す。恋なんかするんじゃなかった。何度も繰り返し思ったことを、自分に言い聞かせるようにまた繰り返した。
恋なんかするんじゃ、なかったよ。
彼女について言えることは、わがままな人だということだ。ずるい人だということだ。そうして同じだけ優しく、同じように残酷で、ひどく計算高い。頭のいい人だ、圧倒されるほどに。それはもしかして、僕が必要以上に愚鈍なだけなのかもしれなかったけれど。
彼 女に対して、一世一代の告白をしたのは一年も昔のことだった。今でも、思い出すとどうにも痛みが伴い、呼吸が苦しく感じる。好きです、だったか、好きだ、 だったか、どっちだったのかさえ覚えてないけれど、とにかくそんな風に気持ちを口にした僕に対し、彼女は花がほころぶように位朗らかに笑って見せた。
嫌な予感がしなかったと言ったら、うそになる。


「今、何か言った?」


彼女は笑った。
そしてあまりにも自然に、当たり前のように、流された。振られたのか、と理解したのはすぐだったけれど、思考回路に追いつくまでには不自然な沈黙が必要だった。
否、振られたというよりは、これは。
「……ああ、うん。何も」
「そう」
ぎこちなく言葉を返した僕に、彼女はあまりにもあっさりと頷いて見せる。そうか、これは、なかったことにされたのだ、と心が思考に追いつく。「ありがとう、でもごめん」ではなく。「知っているけど答えられない」でもなく。「なんでもないわよね?」だ。
あ なたの気持ちはいらないの、と言われたのだと、理解した。感情そのものを否定されたのだと。今まで通り以外のどこにも行けないように、すべての道を塞がれ たと理解して、そうして、泣くこともできないまま日常に戻る。でも、それでも、いらないといわれても感情は消えずそこにあり、ないものと扱われても確かに 存在し、こうして痛みを訴えるのに。
だったら。
いつになればその感情は、死ぬのか。
五月の風が、ゆるやかに肌を滑る。微かな肌寒 さに小さく身震いをして、彼女の笑顔を思い出そうとして、視界が滲んだ。思い描くだけで蓄積される痛みなら、どうしていっそ心を潰してくれないんだろう。 彼女は何を思ってあの時なかったことにしたのだろう。僕は彼女ではないから、理解できない。否、理解などできないならばせめて触れたい。彼女のあの唇が、 声なき声で僕の名前を呼んだその時、その言葉の続きに触れたい。
ベランダの手摺に腕を重ね、滲んだ目元を押し付けた。うなだれるようなその格好は自分でも情けなくて、酷く女々しいような気分で息を吐く。
彼女は、あの、白い部屋の中でいつも静かだった。病院には様々な人間が居て、彼女と同じ病気にかかった人たちも様々な反応を示したけれど、あんなふうに静かであり続けた人を、僕は他に知らない。
死 にたくないと泣いた人もいた。どうにかしろと暴れた人もいた。ウソを付くなと怒った人もいたし、壊れた人形のように泣き続けた人もいた。どうにかしたいと 必死にすがった人も、何か方法があるのならばと希望を探した人も、いろんな人が居たけれど誰もが感情の起伏を誰かに、もしくは何かにぶつけずには居られな かった。けれども彼女は、彼女だけは、いつも澄み渡った水面のように静かだった。
何を告げても「そう」と滑らかに流されて、どんなことがあっても それは変わらなかった。雰囲気も、話す声も、まるで世界に溶けこむかのように静かで目立たなく、けれども決して地味というわけでもない。不思議なその存在 に、磁石のように吸い寄せられた人間はたくさんいただろうし、僕自身がその一人だった。
恋慕が、どうして生まれてしまったのか、僕にはわからない。
ただそれに気づいた時に僕は伝えなきゃならないと、強くそう思った。それは儚い彼女の命の片隅に、少しでもいいから残りたかったからかもしれないし、せっかく生まれた感情なのだから、誰かの心で生きて欲しかったのかもしれない。突き動かされるような、強い衝動。
彼 女について言えることは、わがままな人だということだ。ずるい人だということだ。そうして同じだけ優しく、同じように残酷で、ひどく計算高い。僕が何を話 していても大抵のことは先読みされてしまったし、また彼女自身、そんな自分の回転の速さを少し疎んでいるようでもあった。強く真っ直ぐであると同時に、酷 く脆くて儚く見えた。あの病院の真っ白な空間で、まるでその白に滲んでしまいそうな肌の白さを、また昨日のことのように思い出す。
「……結局、何がしたかったんだろうね、君は」
ため息と同時に吐き出したひとりごとは、緩やかな夜の闇に溶ける。
余命僅か、そんなことは誰より僕がよくわかっていた。
例え通じ合えたとしても、長く一緒には居られない。そんなことは痛いほどわかっていた。
彼 女には一切の身寄りがなく、ただ一人で粛々とその日を待ち望むような、そんな静かな姿勢が悲しかった。生きるって、そんなに虚しい目で空を見上げること だっただろうか。僕はいつでも彼女の病室で自問自答した。生きるって、こんな、静かに崩れていくことなのだろうか。彼女が静かなのは、生きることに執着し ないのは、執着できるものが何もないから何じゃないのか。ならば彼女の心の中には一体、何が残っているのだろう。天国へ渡る時、何を抱いてゆくのだろう。 誰かが、なにかでもいい、彼女のこの真っ白な空気に色彩を落とせばいいのに。僕が彼女に話しかけるのは、触れるのは、構うのは、ただ最後のその時に「やっ と死ねる」なんて思ってほしくないという、ただの自己満足で、それだけだった。
わかっていた。
自分のためだ。
好きだと、伝えた かった。届けたかった。世界にはこんな色もあると知って欲しかった。認めて欲しかった。「あなたを愛する誰か」が、世界に確かに存在することを。それを 知ったら死ぬのが怖くなるのかもしれないし、今までの静かな彼女の空気に波紋を立てることになるのかもしれなくて、それでも僕は、生きるというのはあがく ことだと思っているから。
だから、あがきたかった。彼女の心にわずかでもいい、引っかき傷でもいい、触れたという感触だけでもいい、それがダメなら微かな温度でも構わないからら、残るための努力をしたかった。
あの時、なかったことにされたとき。もう一度あの言葉を繰り返していたら、何か変わっていたのだろうか。僕は今もそれを考える。忘れえぬ、彼女の、波紋。
彼女が空へ渡ってしまってから、もうすぐ半年が過ぎる。
悲 しいと思った。吸い込む空気があまりに冷たくて、心が震えた。けれども言葉は出てこなくて、指示も処置もいつもどおりに、平常を体が覚えている。乱れるこ とのなかった彼女の静寂が、乱れて幾つもの波紋を描き、そうして他の人達と同じ様に何か言いたげな目をしたとき。僕は、彼女にもこの世に置いて行きたい言 葉ができたのかと、そう思うと胸が詰まって泣きそうになった。
震える手が触れた時、温度は、同じくらいだっただろうか。もう何もかもが曖昧なあの 部屋で、彼女が薄く唇を開いて、静かに、静かに僕の名前を呼ぶのを、幻か何かのように見ていた。彼女の唇が、それ以上言葉を続けることはなかったけれど、 それでもそれが、彼女の精一杯の生きることへの執着だったのかもしれない。
微かでも、何か残せたんだろうか、僕は。あの時こぼれ落ちた涙を彼女は見ただろうか。同じように口の形だけで呼びかけた名前は、結局一度も声にすることができなかったなあ。椿が花を落とすような彼女の終わりを、思い出すと心臓が軋む。
恋は死なない。
彼女が死んでもまだ、この胸で悲鳴を上げ続ける。伝えたいと届けたいと、彼女の心で生きたいのだと泣き叫ぶ。哀れに、みっともなく、あがいてあがいて生きている。
ああ、本当に、痛いなあ。



彼女について言えることは、わがままな人だということだ。ずるい人だということだ。そうして同じだけ優しく、同じように残酷で、ひどく計算高い。何を言っても何を聞いても、乱されること無く静かにすべてを受け流してしまう彼女に、僕はそれでも。
まだ、恋をしている。
儚く溶けた夢の終わりを超えても、感情は、まだ、死なない。

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