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紅い世界

初出:2006/07/07
七夕の日くらいラブラブっぽいの書こうぜキャンペーン。

「その辺は崩れるよ」

紅い、赤い世界に、彼はいました。
もうずっとずっと前から、そこにいました。

「・・・崩れる?」
「崩れる。どいたほうがいい」

その最果てのような美しい場所を。
人は、魂の寝床、と呼ぶのです。

「君にはまだ早い」

赤い紅い髪に見えました。紅い赤い服に見えました。紅い赤い瞳に、私がいました。彼は、そんな風に一人ぼっちでした。
夕暮れに愛されているのです。
世界が彼を愛しんでいるのです。
けれどもきっと彼のほうでは、世界などどうでもよいのでしょう。悲しいくらいに無表情で、彼はその世界にいました。

「早い、かしら?」
「早いね」

底は美しい海の広がる切り立った崖の先でした。
そう、下を見れば酷く遠くに海が両手を広げています。
故に、ここは魂の寝床、と。

「何に絶望したの?」
「・・・何にも」
「じゃあ、何が悲しい?」
「・・・」
「何が嫌?何が怖い?・・・何が、痛い?」

何も、とは答えずに、私は笑いました。
声すら、赤に飲み込まれるかのように、こもって響きました。
彼は、紅い世界でこうして人を待ちながら、時折このように、悲しげに笑います。

「君が来たのは四度目だ。覚えている」

そうです、私も覚えています。

「君が答えを返したのは、最初の一回きりだ」

そうです、この紅い世界で、私は言葉をなくして迷子になります。
ばさばさと髪を揺らす緩やかな風の流れが、二人の間を通り抜けて静寂。
ここはいつでも楽園のように美しく、彼はその中でいつも、こんな風に穏やかな表情を、たずね来る人々に見せています。
けれど最初の一回で分かってしまったのです。
彼は悲しんでいるのではない。
穏やかだなんてとんでもない。
彼は。
怒っているのだと。
怒り狂ってあんまりにも腹を立てて、だからこうして笑えるのだと。
その表情を垣間見たときに、私は魂すらやけどしたかと、思いました。
ゆえに、彼は魂の寝床にいることを許された。
唯一つだけの孤高。


「私は・・・」


美しいこの世界は寝床だから。
大きな音を嫌う。
言葉は震えて空気を揺さぶり、そして今・・・

「ほら、言っただろう」

さっきまで私が立っていた、崖の先端が音もなく崩れ落ちていきました。

「崩れる、と」

彼は眉一つ動かしませんでした。
ここではきっと、心臓の鼓動さえも世界を崩す要因なのです。

「私、は」
「君はこの世界に拒絶されている」
「・・・けど」
「加えて、僕は君が、だいぶ頭にきている」

いいえ、この寝床には。
私の存在そのものが、邪魔でしかないのです。
そんなことは最初ですでに分かっていました。



「・・・あなたがすき」



楽園は、歪んで。
ひたすらな美しさで、私を否定した。
赤い紅い世界に、彼はまた一人。赤に寄り添って、世界を渡る孤高。

「遅い」

消える間際に、彼は小さく、眉を寄せ。

「次は最初にそれを言ってくれ」

まるで五度目が当然とばかりに、そんな言葉を紡いだ。
次、は。
何年後になるのだろうか、と私は笑って、開かれた転生への道を行く。
死するものがみな通る魂の寝床は、今日もただ一人を従えてただただ紅い。

魂が最後にたどり着く場所がありあました。
紅くてとても美しい、楽園のような海でした。
故に、人はその場所を魂の寝床、と呼びました。
すべての魂が、そこを通って行くのです。

何度でも、何度でも。


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