暁を待つ庭/短編保管庫
別ブログにて書き散らした短編まとめ。
激しく気まぐれ更新。
柔らかな夢
初出:2006/10/01
祈ること。お気に入り。
祈ること。お気に入り。
覚めない夢がほしい。
柔らかく世界を包む細い雨に、君の言葉が溶けた。
薄い、柔らかなカーテンに包まれたベッドの上で、ひざを抱えて座りこむ姿が、ひどく軟そうで目を伏せる。
そんなこと言うなよ。
頼りない僕の声に、君の目がこっちらを向く。
にじむように、悲しかった。
明日、君が連れて行かれたら、私今度こそ一人ね。
乾いた笑いに、本気の痛みがこもっている。同じように薄いカーテンで囲われたベッドの上で、僕は彼女の姿をもう一度見た。
首を動かすだけで軋むこの体は、それでも戦っている。
僕も、死ぬと、言いたいのか。
零れた声に、今度は彼女が目をそらした。
病院の天井はシミひとつなく白い。日に日に動かなくなっていく体のことは、自分が一番よくわかっている。
同じ症状を訴えていた五人のうち、三人は既に手術を受けて死んだ。成功の確率は10%にも満たないらしい。その10%に、僕もまた命をゆだねる。
明日。
君は、死なないだろうって、私は勝手に信じてた。
小さな彼女の声は震えている。
僕がこの病室にやってきたとき、彼女より僕のほうが症状は軽かった。けれどいつの間にか、僕は寝たきりだ。
そうだね、僕もそう思ってた。
でも、君のほうが早く手術を受ける。私は、怖いよ。
一人消えて、二人帰ってこなくて。三人目が病室を出て行ったとき、僕と彼女は無意識に手を取り合った。
ぎゅうと、力いっぱい握り閉めた手は、ここにいるという証のようで。
もういやだと、僕も彼女も叫んでいた。もう帰ってこない人たちを見送るのはいやだと。
だから僕は、せめて彼女よりも長生きをしようと、そう誓っていたのに。
ごめんね。
謝られると、痛いなあ。
小さく笑って、彼女はまた窓の外へ顔を向けた。
さらさらと振り続ける霧雨に、頬を寄せて。
おいてかないで。
ささやく。
くらくらするほど切ない、祈りの言葉を。
・・・なんて、言ったら困るよね。ごめん。
うつむく肩が震える。その肩に、伸ばしたい腕があるのに、動かない。届けたい言葉があるけれど、それは余計に残酷で。
本当ならば。
帰ってくる、と。
いえればどんなによったか。
けれどわかっている。どんなにがんばったってこの運命はかえられそうにないことを。きっと僕は死ぬ。明日、死ぬ。
最後まで戦うつもりでいるけれど、そのことは知っている。どうしたって、抗うすべが、ない。精神力だけでは、この死の影を振り払えない。
もう、いやだな。
・・・うん。
ただいまが返らない、いってらっしゃいは・・・もう、言いたくないな。
・・・うん。
でも。
つぶやかれる言葉は、柔らかい。
明日など来なければいいと、何度目かの思いにふたをする。
それでも、君には、言うよ。
さらさらと、霧雨の音がこだまする。
この真っ白な部屋には僕たち以外何もないけれど、でもとても、やさしくて温かかったんだ。それだけは、いつまでも忘れたくないよ。
いってらっしゃい。・・・できたら、私も連れてって。
覚めない、夢の世界に。
柔らかく世界を包む細い雨に、君の言葉が溶けた。
薄い、柔らかなカーテンに包まれたベッドの上で、ひざを抱えて座りこむ姿が、ひどく軟そうで目を伏せる。
そんなこと言うなよ。
頼りない僕の声に、君の目がこっちらを向く。
にじむように、悲しかった。
明日、君が連れて行かれたら、私今度こそ一人ね。
乾いた笑いに、本気の痛みがこもっている。同じように薄いカーテンで囲われたベッドの上で、僕は彼女の姿をもう一度見た。
首を動かすだけで軋むこの体は、それでも戦っている。
僕も、死ぬと、言いたいのか。
零れた声に、今度は彼女が目をそらした。
病院の天井はシミひとつなく白い。日に日に動かなくなっていく体のことは、自分が一番よくわかっている。
同じ症状を訴えていた五人のうち、三人は既に手術を受けて死んだ。成功の確率は10%にも満たないらしい。その10%に、僕もまた命をゆだねる。
明日。
君は、死なないだろうって、私は勝手に信じてた。
小さな彼女の声は震えている。
僕がこの病室にやってきたとき、彼女より僕のほうが症状は軽かった。けれどいつの間にか、僕は寝たきりだ。
そうだね、僕もそう思ってた。
でも、君のほうが早く手術を受ける。私は、怖いよ。
一人消えて、二人帰ってこなくて。三人目が病室を出て行ったとき、僕と彼女は無意識に手を取り合った。
ぎゅうと、力いっぱい握り閉めた手は、ここにいるという証のようで。
もういやだと、僕も彼女も叫んでいた。もう帰ってこない人たちを見送るのはいやだと。
だから僕は、せめて彼女よりも長生きをしようと、そう誓っていたのに。
ごめんね。
謝られると、痛いなあ。
小さく笑って、彼女はまた窓の外へ顔を向けた。
さらさらと振り続ける霧雨に、頬を寄せて。
おいてかないで。
ささやく。
くらくらするほど切ない、祈りの言葉を。
・・・なんて、言ったら困るよね。ごめん。
うつむく肩が震える。その肩に、伸ばしたい腕があるのに、動かない。届けたい言葉があるけれど、それは余計に残酷で。
本当ならば。
帰ってくる、と。
いえればどんなによったか。
けれどわかっている。どんなにがんばったってこの運命はかえられそうにないことを。きっと僕は死ぬ。明日、死ぬ。
最後まで戦うつもりでいるけれど、そのことは知っている。どうしたって、抗うすべが、ない。精神力だけでは、この死の影を振り払えない。
もう、いやだな。
・・・うん。
ただいまが返らない、いってらっしゃいは・・・もう、言いたくないな。
・・・うん。
でも。
つぶやかれる言葉は、柔らかい。
明日など来なければいいと、何度目かの思いにふたをする。
それでも、君には、言うよ。
さらさらと、霧雨の音がこだまする。
この真っ白な部屋には僕たち以外何もないけれど、でもとても、やさしくて温かかったんだ。それだけは、いつまでも忘れたくないよ。
いってらっしゃい。・・・できたら、私も連れてって。
覚めない、夢の世界に。
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