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さよならの代わりに

初出:2012/04/19
ダーク・ブラックは孤高の住人。

優しい夢を祈るようにバトンで短編企画。
・優しい魔法
・最後の嘘
・神さまとワルツを
・透明水彩の世界
・ひとしずくのなみだ
・あたたかな手
・愛しの泣き虫さん
・さよならの代わりに
・弱い音がこぼれた
・儚く溶けた夢の終わり
・星屑ロマンチカ
・世界の最果てに広がる蒼
・優しい夢を祈るように



世の中には、絶対的に残酷な事が必ず必要なのだ。有無を言わせぬ暴力が、理由なき暴風が、抗えない敗北が。
ダーク・ブラックはそう思う。
先 人の言うように、光なくして影はなく、闇なくして光は救いとならない。暗闇を知らないのなら光は明るくないし、光を知らないのなら暗闇は決して怖くはな い。世の中は、そんな風に相反する二つの要素で釣り合いをとりながら構築されてゆくものなのだ。暑さを知って初めて寒さを実感するように、憎しみを知って なお愛しさが輝くように。
ダーク・ブラックはぐっと伸びをして、そのつややかな黒の毛並みを暖かな日差しにあてた。耳をピンと立てて背筋よく座るその様はまるで、黒猫代表を謳っているかのごとく堂々としている。
「何 が言いたいかというとね、つまり、誰かがとてつもない幸運に恵まれたなら、その裏では誰かが理不尽な悪運に囚われている、ということなのだ。その誰かが君 になる日もあるだろう、私になる日もあるだろう。だからそのような目にあったときに、世の中を恨んではいけないんだよ」
朗々とした声は耳に心地よい低音で、舞台俳優がセリフを読むような張りがあった。つくづくこのかわいらしい外見に似合わぬ声だなあと、少年は首をかしげる。
「ダーク・ブラック。君っていつも難しいことを言うよね」
少年と言っても、彼はすでに学校を卒業して、この夏には十六になる。十六というと、そろそろ世の中の道理もわかってきて大人になるために一歩踏み出し始める時期だろう。だから少年は、「少年」というその響きがあまり好きではなった。
どうせなら「大人」扱いしてほしい。けれども実際はそれに足りない自分を自覚もしている。だから、余計に子ども扱いをされると腹立たしいのだ。
「何も難しいことではないよ、アンダー・アール」
そ んな少年の葛藤を知ってか知らずか、黒猫はその長い尻尾をぺしりと鞭のようにテーブルに打ち付けて、少年のあだ名を呼ぶ。この黒猫は他人を呼ぶのに、おお よそ本名で呼んだことがない。少年には一応、立派で結構かっこいい名前がついているのだけれど、いつも「アンダー・アール」と呼ばれていた。
「君が理解できないというのなら、それはそれでよし、だ」
ダーク・ブラックは、探るような目でアンダー・アールを見つめている。その視線はさながら、「しかし君に限って、理解できないということはないだろう?」とでも言っているような、自信に満ちた視線であった。
「理解よりも、この場合大切なのはフィーリングではないだろうか!」
低く、チェロを奏でるような優しい声。アンダー・アールは、ダーク・ブラックの声がとても好きで、いつまでも聞いていたいと思ったことが何度もある。
ダーク・ブラックは語り部だ。
彼 の右に出るものはなく、そして彼と肩を並べるものもなく、正しく孤高の、特別な、唯一無二の語り部である。彼の語る物語は、ほかの語り部たちと同じもので あってもとりわけ深く美しく、そして時に人々の胸に苦味を残し、またはこれ以上ないほどの幸福をもたらし、あるいは乾ききった誰かの瞳を潤しさえする。
彼はまた同時に、放浪者であった。一つ所にとどまるということを知らず、今日ここにいたかと思えば明日は向こうに、三日で次へ行ったかと思えば三年そこに留まりもする。
私の足がね、とダーク・ブラックはシニカルに笑い、その真黒な尻尾でぺちりと自分の足をたたいて見せる。「私の足が行きたいほうへ、私は行くのさ」そう言って、野良猫のように気まぐれに笑うのだ。
「私は、世の中には、絶対的に残酷な事が必ず必要なのだと思っている。有無を言わせぬ暴力が、理由なき暴風が、抗えない敗北が。そうでなくてはあり得ないほどの幸運など到底生まれようがないからね」
「……そうかもしれないね」
「私にも、そう、君にもそれは等しく存在する。わかるかい、アンダー・アール?」
言ってごらん、とダーク・ブラックの金色の目が輝く。その瞳はいつ見ても知的で冴え冴えとしており、アンダー・アールは自分の何もかもが、この黒猫に見透かされているような幻想を抱かずにはいられないのだった。
「そうだね、自然現象と……死、だろう?」
ざわりと震える心を押さえつけて、アンダー・アールはそうつぶやいた。自分で答えておいてありきたりな回答だなとあきれたけれど、それ以上の答えは見つかりそうになかったのだ。ならば無駄に時間をかけるよりも、さっさと答えてしまうほうが利口だ。
「模範解答だ、美しいね」
ダーク・ブラックは案の定、ちょいと肩をすくめるようなしぐさをして、面白くなさそうな口調でそんなことを言ったが、すぐに気を取り直したように言い直す。
「天変地異も死も、確かに避けられぬ不測の事態だ。だが君、忘れてはいないかい?誰にでも等しく訪れ、なおかつ避けようもない、避ける努力さえ許されない、ある意味死よりも絶対的な敗北を味わうものを」
「死、よりも?」
ア ンダー・アールは目をぱちくりさせて、言われたことをよく考えてみたが、そんなものは思いつきもしなかった。そもそも、だれにでも等しく訪れる「死」より も圧倒的に理不尽な暴力など、この世に存在するとは思えない。答えあぐねて沈黙した少年に向かい、黒猫は朗々とした声で、半分叫ぶように言葉を発した。



「誕生だよ、アンダー・アール!」



はたして、この黒猫は一体何を言うのだろう。
アンダー・アールは目をぱちくりさせて、目の前のテーブルの上、胸をそらして堂々と座っている黒猫の姿をまじまじと見つめてみた。その孤高の黒は、流れるような動作でもう一度、鞭のような尻尾をぺしりとテーブルにたたきつける。まるで「注目!」の手拍子の代わりのように。
「君の言いたいことはわかるとも。誕生とは喜びである。その周辺の人間にとってはまさに喜び以外の何物でもない……本人を除いてね」
「本人にとっては、喜びじゃないと言うのかい?」
「断言はしまい。だが否定もできないだろう?君は生まれたときの記憶があるかい?世の中にはそれをもっているという人間もいなくはないが……私にはない。君には?」
「ないよ、ないけど」
「そうだろう、ならば君にも、それが喜びであったと断言はできない!」
ダーク・ブラックはどこか興奮したように、芝居がかった調子で叫んだ。ぐいぐいと聞く人を引っ張ってゆく張りのある声は、どんなにめちゃくちゃなことを言っていてもいつも不思議な説得力を持っている。
もしかして自分は、ダーク・ブラックが「明日世界が滅ぶだろう!」と自信満々に予言したなら、あっさりとそれを信じてしまうのかもしれない。アンダー・アールはそんなことを考えながら、小さく息を吐く。
言葉には力があるものだ。
語り部の言葉にならば、なおさら。
「死に抗い、延命の努力をする人間たちを、私は何人も何人も見てきた。死にたくないとあがくその様は、それはそれで一種、美しいものがある。だが、君、誕生したくないと避ける努力が君にはできるかい!」
できやしないのさ、そんな自我が生まれる前のことだからね。
力強くそう言い切った黒猫に、アンダー・アールは困惑の眼差しで答えた。彼の言うことは正しい、正しいが、そもそも自我が無いのならば「したくない」も「したい」もあるまい。
「でも、ダーク・ブラック。君の言い方じゃあ、まるで誕生が悪いことみたいに聞こえるじゃないか」
「とんでもない!それこそ表裏だ。生きるから死ぬ。生きるから感情は渦巻き、生きるからこそ世界は美しい。そしてまた生きるからこそ世界はひどく冷たい。わかるだろう?」
「それは……うん、」
「アンダー・アール。私は君に舞い降りる幸福を願っているよ。たとえ無慈悲な敗北に打ちひしがれても、その先に光のあふれる何かが待っていると、君の代わりに信じよう。だから、君はもう行かなきゃいけない。だって君はもう、とっくに一番の敗北を乗り越えてきたのだから」
ねえ、と黒猫が言う。
アンダー・アールは息を呑む。
それはあまりにも当たり前のように言われた言葉なので、一瞬「ああそうだね」と流しそうになったけれど、どうしてもなかったことにはできなかった。
どうして、とアンダー・アールは呟く。
「どうして、そんなことを、言うんだい……?」
問いかけた声は掠れていた。
本 当は問いかけたくはなかったのだ。だってダーク・ブラックの言葉にはとても力があるのだから。強固に見ないようにしていても、深い霧の中に隠していること も、強制的に白日のもとにさらされてしまう。この黒猫の声が、心の奥底の泥沼から、アンダー・アールの本音を、真実を、引きずり出してしまうのだ。
「私は君を、気に入っているからだよ」
ダーク・ブラックが言う。優しい音色のようなその声は、あまりにも柔らかくてどこまでも沈んでしまいそうになる。



「だから君がいつまでもここにしがみついているのが、私は不満だ」



アンダー・アールは、すでに学校を卒業してこの夏には十六になる……はずだった。
十 六というと、そろそろ世の中の道理もわかってきて大人になるために一歩踏み出し始める時期だろう。これからの人生に夢を抱き、同じほど不安を抱きながら、 手探りで道を進んでゆく。そんな輝かしい人生が、突然、足元から崩れていったそのことを、アンダー・アールは忘れることができない。
それは本当に突然、真っ暗の穴に落とされたような、空の上から突き落とされたような苦しさだ。むき出しの心に冷たい手が触れてきた、そういう、底知れぬ恐怖。
「僕は、それでも……」
この、もう既に廃屋と呼ばれるようなボロボロの館で、アンダー・アールはずっと待っていた。誰かが「お前死んでいない」といってくれるのを、「一緒にここを出よう」と手を引いてくれるのを、あるいは「こんな所に住んでいるんですか?」と驚いてくれるのを。
待っていた、ただひたすらに、待っていたんだ。
「生きて、」
吐き出したはずの息が、空気を震わすことはない。
ダーク・ブラックがこの屋敷に現れた時、身の上話や外国のお伽話や、それから古い神話なんかを教えてくれて、アンダー・アールは嬉しかった。誰かが自分を認めてくれる、その喜びはは一気に空っぽの心を満たしてくれた。
寂しかった。
ずっと、ずっと、寂しかったのだ。



「生きて、いたかったんだよ、ダーク・ブラック」



途切れたその、道の先を。
歩きたかった、ずっと歩いて行きたかったんだ、こんなふうに誰かと道を重ねながら。
「もちろんだ、アンダー・アール。もちろんだよ」
黒猫は目を細めて、小さく頷いて見せた。すべてを肯定するようなその声は、冷えきったアンダー・アールの心を撫でたようだ。
「君が途切れた道の先を探していたことは、私には痛いほどよくわかっていた。だから、だからだ。君の道の行く先は、ここにいては見つけられないからね」
「そんなものは……」
「ある」
「……ある、のかな」
「あるさ、君が望むならば」
ダーク・ブラックは、語り部。
彼は空想の物語を、いかにも真実であるかのように言葉にする。だからこそ人々はその言葉に涙を流し、あるいは怒りを覚え、時に絶望し、または希望を抱くのだ。
「君と初めて会った日、空には虹がかかっていた」
ダーク・ブラック、その名は深淵。
誰もが抱く闇。
深い、奥底の、希望。
「そ の下に君がいたから、君は誰かの大切な宝物だ。人生を恨むでないよ、Under the Rainbow……アンダー・アール。私が君を覚えていよう。私がいなくなる時が来たら、別の誰かに君の記憶を分け与えよう。君はそうして永遠になり、い ずれ語り部の物語として多くの人間の心に住む。それは美しいことだと、思わないかね?」
「……それは」
アンダー・アールは小さく微笑む。
自分のようなちっぽけな少年が、この素敵な語り部の物語のレパートリーとして成立するとはとても思えなかった。でも、そう言ってくれた黒猫の気遣いには感謝する。
怖かったのだ。
忘れ去られて、必死で歩いてきた道さえも否定されるのが。
もう先はないのに、過去までなくされたらアンダー・アールは存在を失ってしまう。「居た」ことさえなかったことになる。それはとても怖かったのだ。
だから。
「うん、そうだね、もう行くよ」
離れがたいけれど、とアンダー・アールは呟く。長い時を経て様々な記憶が風化していき、もうこの家で過ごした思い出しか、残っていなかったから、この場所に固執していた。それでもこの稀代の語り部が、自分を覚えているというのならば。
「ありがとう、ダーク・ブラック。本当のことを言うと、僕にはもうちょっとかっこよくて素敵な名前があったんだけど……でももう思い出せなくなっていたんだ。新しい名前をつけてくれて、感謝している」
「そうか。役に立てたのなら嬉しいよ」
光が、窓から降り注ぐ。
ホコリの舞う空気は、きらきらと反射して眩しく輝く。
溶けるように色彩を薄めた少年が、何かいいかけて、やめて、それから黒猫に向かって手を伸ばした。その白い指先がほんの少しだけ、まあるい頭を撫でる。
覚えていて。
忘れないでと、言うように。
「大丈夫だよ、アンダー・アール」
低い、チェロのような響きの声が、消えゆく少年に告げた。それはまるで、長く冬の続いた大地に吹いた、春の風のような温かさだった。



「私は君を、気に入っているんだ。忘れやしないさ」



確かに、「死」は理不尽で絶対的な勝利者だ。
嘆く事なかれ、君は既にそれ以上の理不尽を乗り越えているのだから。
そうしてこれから君は世界中のどこにでも存在するだろう。そのためには骨が折れるが、約束だからね、期待してくれて構わない。


さあ、これからの君の未来に、幸多かれ、幸多かれ。

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