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優しい魔法

初出:2012/04/14

優しい夢を祈るようにバトンで短編企画。
・優しい魔法
・最後の嘘
・神さまとワルツを
・透明水彩の世界
・ひとしずくのなみだ
・あたたかな手
・愛しの泣き虫さん
・さよならの代わりに
・弱い音がこぼれた
・儚く溶けた夢の終わり
・星屑ロマンチカ
・世界の最果てに広がる蒼
・優しい夢を祈るように



昔、僕は夜を冷たいものだと思っていた。


そういうことを言うと、家主は銀縁の眼鏡の奥でぱちぱちと大げさに瞬きをして、心の底からものすごく意外そうに、
「ええ?どうしてですか?」
な んて言うに決まっている。余りにもリアルに想像できたそんな様子にため息をついて、だから僕は言葉を飲み込んだ。あの人は基本的にとぼけた人間なのだけれ ども、何かに疑問を持ってしまうとそこからとても長い。完全に疑問を解明するまでとことん執着する悪癖が……いや、研究者としては良いことなのだろうけれ ど、一般生活における人間性で見れば悪癖なのだ……とにかく、そういうところがある。
そうすると、もしも僕が「夜を冷たいと思っていた」とかいっ てしまったら、「なぜそう思ったのか」について話をするまで家主は納得しないだろう。納得しないその人を軽くいなすことなど、まだ生まれてから十数年しか たっていない「子供」の僕では、全く不可能なことなのである。
だから僕はいろいろと言いたいことをすべて飲み込み、今日もキラキラと星の輝く夜空を見上げる。この森にやってきてからまだ一年と少しだけれど、都会で見ていた空との違いに、ようやく慣れてきたような気がしている。
「春とは言えまだ冷えますよ、上着をきてください」
屋 根裏部屋の窓から身を乗り出すと、屋根の上でぼんやり座り込んでいる家主に声をかける。この人は結構とぼけた人間なので、放っておいたら朝までこのまま座 り込んで見事に風邪を引きかねない。僕がお手伝いに来てから随分風邪をひく頻度が下がったとか、言っていたような気もするけれど、それは前が不精すぎただ けだと思う。
「……ああ、ありがとう」
家主の返事がワンテンポ遅れるのは、目の前の風景に夢中になっているからだ。星の降る森は、地元では魔物たちの巣窟と言われ、近づくものもめったに居ない。家主の仕事は、そんな物騒な森から強い魔物が逃げないように、結界を張ることである。
結界師、と言えば聞こえはいいが、本人曰く趣味の延長上で道楽らしい。
代々 そうやって町を守ってきた家系だし、本人は森の近くに居られるので都合がいいし、ついでにいろんな人から感謝されるから気分もいいし、と、その人は笑う。 実際ここは魔物さえ出なければ本当にのどかでいいところだ。食品は町の人達が差し入れてくれるからほとんど買わなくて済むし、自然が豊かなので花々も美し いし、書斎には家主の蔵書が所狭しと積み上げられていて、読書の好きな僕には全く果てがない。
「ほら、上着」
「今いいところなんです、持ってきてください」
「ええ?」
何がいいところなんだ、さっぱりわからない。不満な声を上げた僕をふと横目で見て、家主は少し笑った。
「ああ、そうでしたね君は屋根の上が怖いんでしたっけ」
「怖くなどありません!」
がたん!と大きな音を建てて、窓枠を乗り越える。この屋根はなだらかなので落ちる心配は殆どないのだが、それでもちょっと高すぎるから、僕は苦手だった。でもそれを、この人に言われると無性に腹が立つ。
家 主は目玉焼きを上手く作れない。裁縫もできなくて、ボタンのとれた服を平気でそのまま着ていたりする。しょっちゅう眼鏡をなくすし、考え事をして上の空で 食事を摂るから、食べ物を平気でぼろぼろこぼす。いったい今までどうやって生きてきたんだろうと疑問に思うくらい、生活力のない人だ。そんな人に馬鹿にさ れるなんて、僕のプライドが許さない。
歩く度にカタカタとなる屋根を、精一杯平気な顔で歩き、家主に上着を投げつけた。そのまま直ぐ帰ったらやっぱり怖いんだと言われそうで、だからその人の隣に腰を下ろす。
今日も、森の空はため息が出るほど美しい。
「星占いですよ、この前、古い友人に習ったんです」
子供のように、星にも負けないくらい目をキラキラさせて、家主は「ほら」と上空の星を指さした。
「あれが吉星。そして、あっちが僕の運命星」
「運命……星?」
「そうです、そしてあれが影になって、ええと、こっちが明るいから……」
あれ?どう読み取るんだったっけ、と首を傾げるその人は、もう既にいい大人なのにどうしてこんなにも子供っぽいのだろう。僕は「あっちが運命星でしたっけ?あれー?」と一人で混乱している家主に大げさにため息をこぼす。
そんな風に忘れっぽいから、靴下を片方無くして大騒ぎしたり、スリッパがないといって探しまわるハメになるのだ、と思う。
「……分かんなくなってしまいました」
お かしいなあ、とでも言うように首を傾げるその人。これでいて確かに頼もしいところもあるのだから、人間というのはよくわからないよなあと、僕はいつも思 う。だって僕の倍以上の年齢があるくせに、いつだってこの人は僕の半分くらいの年齢の子供が好むような行動ばかりとるのだ。
「それよりも僕は、あなたに友人が居たという事実に驚いています」
「それは酷い。僕にだって友人の一人や二人居ますよ」
まあ、一人や二人しかいませんけどね!と家主は笑う。そりゃ、何十人もいたらそのほうがおかしいから、そうでしょうねと僕はつぶやいておいた。
星占い、なんてそんな話をしていなくたって、この人は星が好きで夜が好きだから、夜な夜な満足するまでこうして屋根の上で過ごすし、僕だってそれを止めたりはしない。
僕もこうして見上げる広い空は、嫌いじゃなかった。
昔は。
昔は、この空が怖かった。
夜というのが暗闇の世界で、ちょっと前まで住んでいた都会には星空があまり見えなくて、いつも厚い雲に覆われた陰気な空しかなかったから。その、不気味な暗闇の空は、まるで今にも世界を飲み込んでしまうんじゃないかと思えて恐ろしくて、だから僕は夜がとても怖かった。
時折雲間から出てくる鋭い月が、夜の絶対的な支配者のように見えた。だから僕は夜に間違って空をみあげてしまうと凍えるような冷たさをそこに感じて、怖くてたまらないのでカーテンを閉めっぱなしにしていたくらいなのだ。
こ の家に来て一番最初の夜に見た星空は、僕のそんな印象を木っ端微塵に打ち砕いてくれた。溢れんばかりに輝く星のきらめきに、雲のかかった不気味な色合いで はなく、濃い青のような色合いの空の色。地平線に近くなるに従ってだんだん淡くなっていくそのグラデーション。まさか夜がこんなに鮮やかなものだとは、僕 はここに来るまでちっとも知らなかったのだ。
それでも、こんな綺麗な空を知った今でも、きっと都会に戻ってしまったらまた、夜空に食べられてしまいそうだと思うのだろうなあ、と僕は思う。
きっとこの空が特別なのだろう、とも。
そこまで考えて、僕はふと、隣にいる家主があの不気味な夜を知っているのだろうか、と疑問に思った。
「あなたは、この空しか知らないのですか?」
森とともに生きる人だから、もし肯定が返ったとしてもおかしくはない、と思いながら尋ねる。すると家主は小さく笑って、まさか、とつぶやいた。
「僕だって魔術学校を出てますから、そりゃ、他の土地で暮らしたことはありますよ」
「ああ、そういえば」
「君の居た街にも住んだことがあるんですよ。でも、あそこの空はちょっと……」
家主は、はあっと息を吐いて隣に座る僕を見る。その顔はいつものように飄々としていてとらえどころがなく、涼しいという表現が見事にぴったりだった。



「街の空は、大地を押し潰しそうで重々しくて、ちょっと怖いですね」



簡単に言ってのけた家主が、視線だけで僕に問いかける。「君もそう思うでしょう?」という顔だ。不本意ながら同意せざるを得なかったので、僕はちょっとだけむくれたまま一つ、頷いてみせた。
「おんなじだねえ」
笑う家主の言葉には、いつもじわりと暖かいものがこもっている。
僕 はその暖かいものに触れると、何と表現していいのかわからないけれど、どこかほっとするような、安心感というか、そういうものを感じるのだった。だから、 洗濯物をためこまれても、目玉焼きを失敗してフライパンを焦げ付かされても、落っこちたボタンを探して部屋中を掃除するはめになっても、結局、この家主と の生活が楽しいと思ってしまう。まるで優しい魔法みたいなその声で、いとも簡単に僕を穏やかにする。だからもしかしてこの家主は、実は結構すごい魔法使い なのかもしれない。能ある鷹は爪を隠すっていうし……いや、この人に限ってはないかなあ。何しろとても手間のかかる、常識の欠如した人間なのだから。
「……おんなじですね」
ちょっと恥ずかしいけれど口にした僕の肯定に、家主は大きく頷いて、にっこりと笑う。
「うん、おんなじだ」
そ うして、やっぱり子供のように無邪気に、目をキラキラさせるのだった。おそろいに喜ぶなんて、やっぱり子供のようだと思うのだけれど、この家主がそうやっ て素直によろこんでにこにこしている様子が、僕は嫌いじゃない。そりゃあ、もうちょっとしっかりしてくれないかなあ、とも思うのだけれど。それでも、この 人が変わったら変わったで、なんだかイヤかもしれないなあ、と思って、僕は大きく息を吐いた。
「……上着、ちゃんと着てくださいよ」
「ああ、うん」
「僕、あなたのそういう、世話のやける所、嫌いじゃないです」



えっ、なにそれじゃあ僕が君の世話になりっぱなしみたいじゃないの、と文句を言う家主の、年甲斐もなく膨らんだ頬を人差し指で潰して、僕はいつものようにうんざりとため息を吐き出す。
いつまでも変わらずにいて欲しい、なんてことは。
ちょっと腹がたったから、言わないでおこう。

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