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弱い音がこぼれた

初出:2012/04/14

優しい夢を祈るようにバトンで短編企画。
・優しい魔法
・最後の嘘
・神さまとワルツを
・透明水彩の世界
・ひとしずくのなみだ
・あたたかな手
・愛しの泣き虫さん
・さよならの代わりに
・弱い音がこぼれた
・儚く溶けた夢の終わり
・星屑ロマンチカ
・世界の最果てに広がる蒼
・優しい夢を祈るように



ほら、やっぱり無理だった。



僕は小さく唇を噛んで、半分出かかっていたため息をかろうじて飲み込む。春先の暖かな午後だというのに、一緒に飲み込んだ空気は恐ろしく冷たい様に感じられて、眉間にシワが寄るのがわかった。
今、 自分は世界で一番不機嫌だとでも言うように、酷く情けない顔をしているだろう。それがわかるから益々情けなくて、どうしようもなく惨めで、そしてピエロの ように滑稽だった。だって、「不機嫌である」という顔をすることによって、僕はまだ君の方から何かアクションがある事を期待しているのである。明らかに自 分が悪いくせに、どうしてそんな態度を取って、相手にわざわざ手を煩わせるのだろう。理解できないほど愚かなことなのに、それでも僕にはそうすることしか できなかった。
三つ子の魂百までというけれど、まさにそのとおりで、僕は昔からこうやって変にへそを曲げては君を困らせ続けてきた。人当たりがよ くて寛容な君が、仕方がないなと折れてくれることを強固に信じてきたのだ。いや、信じたと言うよりは祈っていた。そして君はいつも僕の祈りに答えてくれて いたので、僕は益々祈ることを止められなくなった。
僕は自分が悪いくせにその非を認めず、ただただ、優しい君が受け入れてくれるのを待つ。その間 の重くのしかかるような沈黙……泥沼の中に押し込まれたかのような気まずさ、それだけが僕に与えられた罰だった。そして息苦しさの中でもがきながら、た だ、君が許してくれるのを……そうして空気のある場所まで引き上げてくれるのを……待ち続ける。
いい加減そんな事ばかりを繰り返していてはダメだとわかっている。だからこそ、今日こそ、この不器用な口から的確な言葉を吐き出せるよう、僕は懸命に努力をした、つもりだった。
わかっている。
語 彙力は伝達力に直結しない。会話とは、互いに咬み合って初めて成立するものだ。いくら言いたい言葉を用意したところで、それを伝える能力が乏しかったな ら、百の単語を羅列したところで思うように理解を得られるはずもないのだ。僕には昔から、他人に自分の思うことを伝える能力に著しい欠陥がある。どうにも そっけなく、つっけんどんになってしまって、無愛想だとかそっけないだとか言われ続けてきた。
だけどそんな僕にも救いがあって、それが君だった。 君がすぐ隣で僕のたどたどしい言葉をうまく拾い上げて、つなげて、なんとかそれらしい文章にして、周囲に投げてくれて、それでどうにかこうにかうまくやっ てきた。そんな苦労をかけ続けて、僕はお礼の一つも口にできずにここまで歩いてきてしまった。
感謝は、伝えなくては意味が無いのだと気づいたの に、相変わらず僕の唇は上手く言葉を選べない。ありがとう、とただそれだけでいいのに、タイミングはどうしてもすり抜けてしまう。たった一言、それさえも 僕は上手く伝えられない。ならば何のためにこの口はあるのか。何のためにこの声は音を生むのか。何のためにこの頭脳は、言葉を、単語を、記憶できるのか。
分からない、だから、分かりたくて。
雨 が上がったよ、と窓の外を見つめて、教えてくれた君を見た時、今なら言えるかなと思ったんだ。今なら「ありがとう」と言っても不自然ではないよな、と。丁 度傘を持っていないなんてぼやいていた時だったから、雨が止んだことを教えてくれてありがとうと、そう言おうと思ったんだ。けれども口から飛び出た「あり がとう」は、なぜだかとても固くこわばって響いて、君に投げつけるような勢いになってしまって、ああしまった、これではだめだと吐き出した瞬間に思った。 これでは違う、これではまるで感謝の響きではない。これでは、


まるで、君の言葉が迷惑で、嫌味を言っているようじゃないか、と。


驚 いたように振り向いた君に、上手い言い訳なんかやっぱり出来なかった。「どうしたの?」と問いかけられて、自分が悪いくせに勝手に一人で傷ついてしまっ た。君は表情を読むのが上手いから、僕が傷ついた事にあっさりと気がついて、それで焦ったように立ち上がったので、「なんでもない」と切り返す。それは やっぱり失礼なほどキツい響きになって、重苦しい沈黙は一瞬でこの部屋をのっとってしまった。
「何か怒ってる?」「怒ってない」「ならなんで、」「なんでもないって言ってる」言い争うように言葉を吐きながら、思う。これは会話といえるのか。会話とは双方に意思を伝え合って成り立つものではないのか。ならばこれは、会話とは言わず、こんなのはただの、戯言だ。
ほら、やっぱり無理だった、僕にちゃんとした会話なんて。
無理だったんだ。そう思った。そうとしか思えなかった。
僕は昔からそうだ、戯言しか言えない。言えないで勝手に人を傷つけて、勝手に自分で傷ついて、勝手に泣きたくなって勝手に黙りこんで、愚かにも許されるのを待っている。
こんなことを言いたかったわけじゃないのに。なんで当たり前の「ありがとう」さえ満足に言えないんだ。情けなくて涙が出る。乾いた喉を鳴らし、一つ泥水のような空気を吸い込んだ、その時。


「虹が出てるよ」


君は、沈黙に満ちた部屋にそんな言葉を浮かべた。
重 苦しい空気を押し出すような、優しく流れる小川のような、なだらかな声で。僕はハッとして顔を上げたけれど、にこにこと笑う君がたいそう嬉しそうに外を指 差すので、視線をそちらに向ける。さっきまで雨が振り続けていたはずの空に、嘘みたいな青空が広がって、そしてその遠くを彩る、七色の、虹が。
「……、ああ、ほんとだ」
かろうじて声になったのはそんな、どうでもいいような肯定の言葉だけだったけれど。君は雨上がりの清々しい空気を取り入れるために大きく窓を開け放ち、ちょっと困ったような、でもちょっと嬉しそうな、いつもより大人びた顔で僕を振り返る。
君 はそのまま、両手をぐっと前に突き出すようにして、僕に手のひらを向けた。何がしたいのか分らなくて、おそらく僕は再び眉間にシワを寄せ、「いかにも不機 嫌」という顔をしたと思う。けれどもそんな僕のことなど気にも止めずに、君は小さく唸って、大きく息を吐いて、さっきの言い争いなどなかったように言葉を 軽やかに操ってみせるのだ。
「テレパシー」
「なに、それ」
「言葉にしなくても簡単に、気持ちを伝える方法」
「簡単に?」
「あー、だからさ、ほら。思うだけでいいんだよ」
君はいつでも、そんな風に言葉をポンポンと投げる。取りやすい場所に綺麗に落ちるように、伝えることのプロのように。
「今、虹を綺麗だと思ったでしょう?」
一 つ大きく頷いてそう君が言うから、僕は少しだけ考えた。そうだな、確かにあれは綺麗だった。でももう、ほら、消えかけている。虹というのはそんな儚いもの なので、見ることができて幸運だった。それらの思いを凝縮して、僕はただ小さく頷く。思うだけなら簡単だけど、どうにも文章にならないから。それでも君 は、その肯定を満足そうに認めた。
「ほら、ね。分かる」
ささやきは、いつでも僕を救ってくれる。
君に、僕はこの先どれだけのもの が返せるのか、それを考えるとあまりに自分が情けなくて、僕はいつも泣きたくなるんだ。ああ、いっそ声が消えて、本当に思うだけで伝わるようにならないか な。でもそうしたらきっと僕は君がうんざりするくらい、ぐだぐだと長ったらしい言い訳を聞かせてしまうかな。そんなことを考える頭に、君の手のひらがポン と乗せられて、だから、やっぱりどうしようもなく泣きたくなった。



「ちゃんと、伝わるよ。大丈夫。ありがとうをありがとう」



上手く返せなくてごめんね、と君が笑う。
僕はぐしゃりと顔を歪めて、何と返そうか悩んで、とうとう何も返せないまま息を飲み込む。違う、足りない、そうじゃない。君の寛容さと驚異的な察する能力値の高さに頼りきったままでは、一人で立てもしない子供のようじゃないかと、息を飲み込んだ。
変わりたいと、変わらなきゃいけないと、何度でも思うのに。
相 変わらず君にそんな、不釣り合いなほど大人びた顔をさせて、何も言えやしないのだ。泣きたくなるばかりだけど、本当に泣けもしなくて、涙さえ君にあげるこ とができないと思うと喉元が痛むようだ。何度も口を開けて、閉じて、開けて、繰り返して。優しくほほえむ君がまるで「急がなくていいよ」とでも言うように 静かに待ち続けてくれて、ああ、ほんとうに。
情けなさにめまいがして、今まさに口にしようとしている言葉のわざとらしさが忌々しい。たったそれだけの言葉で許しを乞う自分にも、ただそれだけの言葉であっさりと許しを与えるであろう君にも、僕はどうしようもない、やり場のない痛みを覚えてたまらないのに。
それでも僕は、いつもの様に弱々しい音で、それを口にしてしまうのだろう。許されることだけを強固に信じて。それはさながら信仰のようだと、今更のように考えた。



「……ごめん」



ごめんね。ごめんなさい。
……もういい加減、許さなくてもいいよ。

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