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ひとしずくのなみだ

初出:2012/04/26
失われてしまったもの、二度とは戻らないもの、そしてそれもまた愛しい。

優しい夢を祈るようにバトンで短編企画。
・優しい魔法
・最後の嘘
・神さまとワルツを
・透明水彩の世界
・ひとしずくのなみだ
・あたたかな手
・愛しの泣き虫さん
・さよならの代わりに
・弱い音がこぼれた

・儚く溶けた夢の終わり
・星屑ロマンチカ
・世界の最果てに広がる蒼
・優しい夢を祈るように



君、ピエロを見たことがあるかい?


ピエロだよ、ピエロ。サーカスにいるだろ、ほら、派手な格好をして顔にペイントをしている……そう、そのピエロだ。
知ってるかな、ピエロの顔の模様って、わざとらしいほどの笑顔を「描いて」いるだろ?でも、頬に入っている模様は、涙がモチーフなんだってさ。
俺にそれを教えてくれたのは、クラウンってやつなんだけど、そいつの話をしようとおもっている。ああ、いや、何もそいつだけの話ってわけじゃない。当たり前のように俺のことも、含めての話さ。
ク ラウンは物心ついたころからサーカスにいたって、言ってた。ああ、人身売買だとか子供誘拐だとか黒いうわさのあるサーカスもあるけど、俺いたところは全然 そんなんじゃないよ、ほんとに。クラウンって、まあ、俺の親友みたいなやつだったんだけどさ、そいつは両親がサーカスの団員で、だからそれこそ生まれたと きからサーカスの一員だったわけ。俺は孤児院が嫌いで自ら飛び出たんだけど、ほんと、拾ってくれた団長には感謝してるし。あそこではひもじい思いもしな かったし、寒い冬に暖を取れなくて凍えることも、理不尽な暴力も無かった。それだけで天国みたいなもんさ。
それで、俺たちのサーカスには子供は俺とクラウンだけだったから、自然と仲良くなってさ。年も近いし背格好も似てるし、好みも結構にてたし、家族みたいなもんだったのかな、今思えば。
知っ てのとおりサーカスってのは巡業だ。都会から都会へ、時には田舎へ、呼ばれればどこにでも行く。そんなんだから俺もクラウンも、ろくに学校なんか行けなく て、読み書きはできるけど「机を並べてお勉強」ってやつは一度もしたことがないんだよ。俺たちにとって勉強っていうのはさ、空中ブランコの乗り方だとか、 ナイフの投げ方、上手な風船の膨らませ方、そういうのだった。ああ、玉乗りでどっちが長く玉の上にいられるかとか、よく競争したっけな。
もちろん サーカスの一員だから、俺達だってタダ飯は食えない。それで俺たちはよく、小さいころからピエロの格好をさせられて、ステージに出てた。子供に危ない出し 物をやらせるわけにはいかないからな。ピエロなら、その格好してステージの上をちょろちょろしながら、軽く輪投げやジャグリングなんかをして見せるだけで 拍手がもらえるじゃん。ましてや子供に対する態度は甘いもんだからな。
俺は成長するとともにピエロに嫌気がさしてさ、だってあれって笑われ者だ ろ?思春期の青少年にはちょっと葛藤があったんだよなあ。それで他の出し物を教わってたんだけど、クラウンはずっとピエロのままだったんだ。他にやりたい ものがなくて仕方なく、ってかんじでもなくて。なんだろな、ピエロが適職だって信じてた、みたいな。適職だと本人が言ってたもんだから、俺もそうなんだろ うなって思ってたよ。
それで、俺はだんだん手品を覚えて……結構器用なんだぜ?そのうちに手品パフォーマンスで舞台に上がるようになって、そうするとピエロはクラウンだけの仕事になった。団長も一応、あいつに何かやりたいものがあったら言えって聞いたけど、俺はピエロがいいんです、ってさ。
ま あ、団としても助かるし、何しろサーカスといえばピエロはつきものだから、誰かがやらない訳にはいかないだろ?でも誰もやりたくないんだよ、本音を言え ば。だってピエロなんて、準備に時間がかかって大変なのに、笑われるだけだし、顔だってあの派手なメイクのせいで覚えてもらえない。笑い声だけもらって、 拍手はぜんぜんもらえないんだ。
だからまあ、クラウンがやってるならそれが一番、他の団員たちにとっても助かるわけさ。
暫くの間はそれでうまくやってきたんだけど、俺たちがようやく十五歳を迎えるころになると、世の中は女性の権利だ子供の保護だとうるさくなってきたんだよなあ。
俺 らのサーカスにもお偉いお役所の人間が来て、子供を学校に通わせないのは虐待だとか言い出した。薄ら寒い笑みを向けて、もう大丈夫だよ、おじさんたちが開 放してあげようとか言うわけ。今思い出しても鳥肌たつぜ、全く。そんで俺らが自分の意志でここにいるんだ働いてるんだ!ってどれだけ言っても、そう言わさ れているとかなんとかで、ぜんぜん聞いてくれないし。ほんと、あの時が人生で二番目くらいに参ったね。団長も頭が痛かっただろうと思うよ。一度なんか俺た ち、学校の寄宿舎に拉致されかけたもんな。
いくらお役所の役人でも、拉致はいけないだろ、拉致は!
それこそ俺の権利を無視してる、そう訴えて本気で暴れなかったら、今頃どうなっていたか。
そんな事件があったからかな。団長が俺たちに、しばらく休養するように言ってきたんだ。学校に行けとか、サーカスをやめろとか、そういうことは言われなかった。でも、少し離れてじっくり考えてみろって感じでさ。
俺はそれもいいかって思ったんだ。だってほら、俺ら今までサーカスサーカスって、そればっかりだっただろ。たまにはリフレッシュして思考回路を切り替えて、それで改めてサーカスっていう場所と向き合う。そういうことも大事だと思ったんだよ。
でも、クラウンはそうは思わなかったみたいだ。
あいつはサーカスで生まれてサーカスで育った。途中から入った俺と違って、クラウンにとってはそれだけが全てだった。今更離れてみろって言われても、クラウンにとってはそんなの無理な話だったんだ。
あっさり了承した俺と違って、クラウンは酷く駄々をこねてごねた。今にして思えばそれも当然だ。きっと、クラウンにとっては、それは水中で酸素ボンベなしで息をしろといっているようなものだったんだろうな。
クラウンはピエロで、ピエロがクラウンだった。二つの存在は表裏で、だからこそ切り離せない。その時の俺には、クラウンのその切実な感情を理解してやることはできなかったんだ。
団 長だって、学校にさえ行ったことがない俺達が今更一般人に混じって普通に生活できるわけがないってことくらいは、わかっていたからな。一旦裏方に回ってみ たらどうだ、って、そのくらいだったんだよ。それさえ嫌だと、クラウンは泣いた。わがままだなあって、思ってしまったんだよな、俺は。
その日の夜 だ。クラウンが珍しく、寝る前に俺の部屋に訪ねてきた。サーカスってのは大体夜がステージで、昼間は移動や練習に費やされるもんでさ、朝は結構早い事が多 い。だからめったに他の人の睡眠の邪魔をするようなことはないんだけど、よっぽど昼間の話がこたえたらしくてさ。
「僕はピエロがやりたいんだ」とクラウンは、恐ろしく真面目な顔で、俺に訴えたんだ。
「ピエロがいいんだ。そのためにずっと生きてきたのに、どうして団長は僕に、今更死ねというのだろう」って……大げさだと笑うことは、さすがの俺にも出来なかったよ。
クラウンにとってピエロじゃなくなることは、死ぬことだった。
そ れがわかった瞬間、俺はざっと血の気が引くのを感じたね。薄ら寒い冷たい空気が部屋を満たしたような錯覚さえ覚えた。クラウンにとってはそれほど大事な話 だったのに、簡単に頷いてしまった自分に若干負い目を感じたのもあったと思う。だけど多分一番は……クラウンがものすごく遠くの人間になってしまったよう な、焦り……かな。
狭く閉ざされた空間で、俺達は本当の兄弟みたいに近くで生きてきて。だから俺には自身があったんだ、クラウンと俺との間には血のつながり以上の強いキズナがある、なんてことに。でも、その時わかってしまった。


俺とあいつの間にあるつながりは、あいつのピエロへの執着を決して超えられないってことを、だ。


哀しい話だな。今ならそう言って笑えるよ。でもその時の俺はまだまだガキで、世間知らずで、自分が一番大事だったのさ。……いや、それは今もか。結局俺は傷つくのが怖くて、つながりが壊れることが怖かった。怖くて怖くて……だから今はこうして、サーカスから離れている。
その夜、なんて言ってクラウンをなだめて、なんて結論を出して部屋に返したのかさえ覚えてないよ。ただひたすらに、広がる恐怖に焦って焦って、きっとひどい顔をしてただろうなとは思う。重苦しい夜の暗闇の中で、俺は一睡もできずにただ震えた。
サーカスは俺の家だった。
団長は俺の救世主で、クラウンは俺の親友。
ステージの上は俺の職場で、全てはこの小さなコミュニティのなかで完結していて。……俺はそこの王様だと、思い込んでいたんだな。王様なわけがないのに。
その後?
まあ、想像した通り。俺は一度サーカスを離れるって話になって、そのまま今に至るよ。今でも連絡はとってるけどさ、一度も顔を出してないし……多分戻らないんだと思う。きっと今も、俺が王様になれる場所を探してるんだ、笑ってくれよ。
サー カスを出る日さ、みんな早起きして見送ってくれて、元気でねって手を振ってくれた。「行ってきます」と答えながら、どこかで「ただいま」とはもう言わない だろうと思ってた。だから、笑顔を装いながら悲しかったよ。酷く、寂しかった。笑顔を崩したらきっと泣いてしまうってくらいに。
クラウンは……。
そうだな、クラウンは俺がもう戻らないことを、知っていたよ。みんな笑顔で俺の旅たちを祝ってくれたけど、あいつだけは最後まで無言だったから、さ。あいつが「行ってらっしゃい」を言えなかったのは、戻ってこないことを知ってたからなんだろうなって、思う。
あいつはただ俺がその場を去るまで、じっとそこで見てた。あんまり静かなもんだから、俺から声をかけたんだ。「行くから」って。
クラウンは、「うん」って頷いて。
そんでたったひとしずく、涙をこぼした。
それは、溢れるというか、抑えきれずに溢れる、というか、そういう感じの涙だった。きっと泣くつもりはなかったんだろうな、慌ててその涙を拭って、必死に瞬きをしていたその姿は頼りなくてさ。ああ、こいつを弟のように思っていたんだって、思い出した。
ほっとけないやつだって、構って世話して、助けるつもりで助けられて、そんなどこにでもある関係だったのにって。その関係にもう戻れないってことは、本当にきつかったよ。胸が軋む位、きつかった。
俺は今も判断ができないで要るよ。戻らないと決めた個の判断が、正しかったのか間違っていたのか。
でも、どっちに転んだとしても俺は、後悔はしないと思ってるんだ。クラウンはピエロで、ピエロはクラウンで……そんなあいつの強固な執着を、俺がこの手で叩き壊す未来だけは、避けたかったからさ。
けど、それでも女々しいけど、あの日のクラウンの涙だけは、忘れられないんだよ。あの時だけは、きっとあいつの一番は俺だったんじゃないかってさ。
……なあ、ピエロの涙って、何のためにこぼれた涙なんだろうな。自分の境遇を嘆いての涙だったのかな、それとも何か辛いことを示してるのかな。俺は学がないから、調べる方法はわかんないし、誰に聞けば分かるのかもわかんないけど。
誰かのための涙ならいいのになってさ。



今はただ、そんなことを、願うよ。

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