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テーマ:「霧雨」

初出:2005/10/03
競作テーマ「霧雨」。
ガンダム見ていたからこうなったんだと思う。多分。

きっと誰もが心の奥底に、しまいこんで封をしている情景がある。


作り物の夜が明ける。
窓辺に座り込んだまま、作り物の空が段々と色を変えていく映像を見ていた。わざとらしいくらいに不自然なその映像も、見慣れてしまえば違和感はない。このスペースコロニーはそれでも、マザー・アースに忠実に作られている方だ。
作り物の、朝。
人工太陽が照らし出す町並みは、ごちゃごちゃと建物に埋めつくされたコンクリートの要塞のよう。土のないこの場所では、植物を育てることすらも出来ない。鉢植えの植物が高級な嗜好品だ。手元のPCで確認すれば、今日の天気予定は無風で、午後から小雨が降るらしい。
天気、だなんて、笑える。
無数に転がっているコロニー群は、こういう細かい芸当を省略しない。宇宙生まれ宇宙育ち、いわゆる『スペースチャイルド』が主流になりつつあるこのコロニーでも、人々はマザー・アースの真似をやめようとしない。
実際、このコロニーには四季があり、さまざまな天気があり、冬には雪が降る。


「滑稽だよなァ」


全てが人工のものだというのに、人々は、まるで当然のようにその変化を受け入れる。
雨が降ると予定されれば傘を持って出かけるし、気温など一定に保てるくせに夏には暑く、冬には寒く操作され、それにあわせたファッションをする。
ここはマザー・アースではない。
それでも、まるでその真似をするのが、当然のように。

『何がだ?』

ビジュアル・フォンの向こうから、チャットの相手が問いかける。向こうは夜明けがまだなのだろう。カーテンもひかれていない窓の向こうは、まだ暗そうだ。
インカムの位置をいじりながら、ため息交じりの答えを返す。

「見ろよ、お前から見たら滑稽だろう?作り物の夜明けだぜ」

チャット、と言っても時間が時間で、参加者は自分と相手の二人きりだ。その相手のために、PCの画面を窓の外に向けてやる。
ちょうど人工太陽が半分ほど顔を出したところだ。

『人工太陽、か?』

「ご名答、コロニーお得意の作り物の一つ」

画面を元通り自分に戻して、相手の反応を見てみたが、もともと無表情な友人の顔には目立った変化など見られなかった。いつものような淡々とした声が、今見たものへの感想など省略して事務的に告げる。

『そろそろ寝なければいけない時間だな。続きは今夜にしようか』

「・・・ああ、そうしてくれると助かるかな。それまでに、言われた資料探しておくよ。だから、アンケートの回収よろしく」

『了解』

当たり障りのない別れの言葉を返して、回線を閉じる。
大学の卒業論文のために彼と連絡を取り始めてそろそろ半年になる。いつのまにか共同制作となっていたその論文は、自画自賛を承知で言わせて貰うならばかなりの出来だ。仕上げが終わって、発表をするのが今から楽しみなくらいに。
ただ、相手と自分の活動時間帯を合わせて話し合いをするのが、唯一の難点なのだ。相手のいる場所とここは、距離的にもかなり遠くて、昼夜も微妙にずれている。結果、自分が昼夜逆転生活を送ることで、なんとか会議の時間を設けているのが現状。
いくら、一週間に一度しか授業のない身としても、この生活はなかなか辛いものがあった。
人工太陽に別れを告げるようにカーテンを引き、布団にもぐりこむ。
もう少しで論文が完成する。そうしたら、画面の向こうの相手と、一度実際に会ってみようと思っていた。
彼のいる場所へ。
卒業旅行で行ってもいいだろうかと、今日こそ切り出してみよう。
彼のいる場所・・・マザー・アースへ。



泥のような眠りから覚めると、カーテンの向こうでは静かな雨が降っていた。
まだ眠いと主張する体を一気に起こして、PCの画面の見すぎで重い目に強烈な目薬を落とす。それでようやく、覚醒する。
ぐっと一つ伸びをすると、約束した資料の探索のために端末を立ち上げた。再び眠りへと誘おうとする小さな雨音は、今夜一杯続く予定だ。カーテンをあけ、お気に入りの窓辺から外を眺める。
アース生まれアース育ちの彼は、そういえば雨が好きだと言っていたような気がする。
インスタントコーヒーを満たしたマグカップと、サンドウィッチで簡単に食事を済ませると、今夜も長く白熱するであろう論文の共同制作者との討論に備えて、いくつかの資料をあさった。
自分と彼との視点は、生まれ育った環境のせいなのか、時折酷く食い違う。
だから、自分の意見を裏付けるための資料は、彼との対論に一番欠かせないものだ。最も、今までのところ意見の通る確立は半々というところで、だからこそ共同制作という形をとっているのだけれども。
やがて準備が大体整った頃に、ようやく相手からの通信が入った。

『遅くなった、悪い』

いつもの無表情が頭を下げる。しかし、遅刻といっても五分ほどのことなので、これくらいは許容範囲だ。

「おう、待ってたぜ」

片手を挙げて挨拶を返すと、早速議論を始めようと資料を相手に送る。旧式の端末は、容量の大きいそれを送り出すのにしばしの時間をかけるようだ。
ふと、受信待ちの相手が何かに気づいたようにこっちを見た。

『・・・雨か?ずいぶんと綺麗だな』

相手の視線をたどれば、どうやら窓の外。まだ夜の八時前だから、人工照明で明るい。その照明に当たってきらきらと雨が光って見えた。
コロニーでは水は貴重品だ。だからこうして降らせる雨は、水ではなくなにか人体に無害な科学物質なのだ。モノによって違うのだろうけれど、このコロニーで『雨』として降るそれは、光に当たるとまぶしく光る。

「ああ、今日は午後から小雨。夜通し降るってよ」

『霧雨だな』

聞きなれない単語が相手の口から出て、思わず首をかしげる。

「きりさめ?なんだそりゃ」

『秋に降る、細かい雨のことだ。偶然だな、今日はこっちも霧雨だ』

「雨は雨じゃねえの?なんか違うわけ?」

『情緒の問題だ。詳しいことは古代人にでも聞いてくれ。ただ、秋にはこういう細かくて静かな雨が多いから、それに特別に名前をつけたんだと思うけど』

彼の住んでいる地区は、特にそういう古代語が残っているところなのだという。特別保護地域とかなんとかいう指定を受けていて、学者が多く集まることから、学園都市になっているのだそうだ。
もともと、彼の専攻も古代語だ。だからこそ彼とコンタクトをとった。論文のテーマは、『コロニーに生きるマザー・アース言語とその変容』なのだから。
普段の無表情に、心なしか得意げな色をプラスして、彼は続けた。

『霧雨に当たるのは気持ちいい。まるで海の中にいるみたいだ』

海。
マザー・シー。
何気なくつむがれたその単語こそ、自分がマザー・アースで最も見たいと欲しているものだ。
母なる海、と語り継がれる、その巨大な塩水のタンク。
人間の根本が、そこにあるといわれる。
自分だけではない、スペース・チャイルドにとって、マザー・アースの象徴とはまさにそれだろう。いくら無関心を装っても、引かれて止まない、焦がれるような激情がそれに向かっている。

「霧雨っていうのと、海って似てるのか?」

『・・・俺は、そう思うけれど』

「ふうん」

どんなにマザー・アースにこがれても、コロニーに海は作れない。
まがい物の海を売り物にしているリゾート・コロニーならあるが、塩水はコロニーの素材を悪くするというので、結局ただのプールでしかないのだ。

「・・・ちょっと、当たってくる」

『え、おい?』

「ちょっとだけな!ちょっと待っててくれよ」

思い立って。
急いで部屋を飛び出した。
ア パートの階段を転げるように下りて、部屋着のまま雨の中に飛び出した。そういえばコロニーが『秋』の季節を演出しはじめると、やたらとこんな静かな雨が多 くなると思っていたのだが、それまでもがマザー・アースの真似事だったのか。このコロニーはいわゆる『日系』コロニーと呼ばれ、気温も気候も忠実に『日 本』地域を参考にしているらしいから、日系である彼の言うことに間違えはないだろう。
静かに降り続ける雨。
両手を伸ばして、当たってみた。
音も立てずに服に吸い込まれていく小雨は、浸食するように体を濡らす。
目を閉じる。
自分はマザー・シーを知らない。一度も実際に見たことがないし、触ったこともない。マザー・アースにだって足を踏み入れたことがない。けれども、酷くそれに惹かれることは、認めたくはないが事実だ。
そう、このコロニーの製作者のように。
少しでもマザー・アースを感じたいと思う、その気持ちは、自分にも強くある。
海。
憧れの海。
こんな感じなのか、と霧雨のなかに、その姿を見ようとする。
途端に、情けなくなった。
霧雨のまがい物に、海を感じようとするなんて。

「・・・滑稽、だよなァ」


とぼとぼと部屋に戻れば、ずっと画面の前で待っていたらしい彼がすぐに口を開いた。

『シャワーを浴びて体を温めろ、霧雨は冷たい』

「へえ、そっちの霧雨は冷たいのか。こっちの霧雨もどきは生温かったぜ」

『・・・何を、あせっている?』

「え?」

『さっきのお前だよ。・・・変なやつだな、人工物を馬鹿にしたようなそぶりさえ見せるくせに、まがい物に本物の姿を重ねるなんて』

静かに問いかける彼は、本物の霧雨を知っている。
それがなんだかうらやましくて、自嘲した。いや、そんな感情は今更だ。本当はきっと、マザー・アースで生まれ育った彼が、隅から隅までうらやましい。それは人間としてどうしようもない感情なのではないだろうか。

「なあ、どんなに無関心を装っても、絶対に人の根本にある情景って知ってるか?」

『・・・何を突然』

「多分そういうことなんだろ。上手く言えないけどな」

彼が、霧雨といったその細かな雨は。
彼がそういわなければ、自分の中ではいつまでたっても、雨でしかなく。
雨でしかなかったらきっと、こんな焦燥は覚えなかったかもしれないと、ふと思う。
自分は今、まがい物の霧雨が、マザー・アースのものと温度を違えているという事実に、酷く傷ついたのだと、そのとき急に分かった。
全く、なんて滑稽な。

『・・・見に来ればいいだろう。実際にそういいモノではないぞ、海も霧雨も』

画面の向こうで、無表情に微かな笑みが浮かぶ。

『案内してやってもいい。来月頭なら、本物の霧雨に濡れることも可能だ』

「ちゃんと冷たい霧雨?」

『ああ、ただし体は冷えるぞ。風邪をひくなよ』

「・・・了解、来月頭、あけとくぜ」

卒業旅行の予定はあっさりと決まる。
そして、画面の向こうで遠い彼が声を立てて笑った。

『さあ、論文だ』

でもさ。
結局お前には分からないことだと思うんだよ、この焦燥は。
一度も土を踏んだことのない、スペースチャイルドの憧れなんてものは。
だって、霧雨って言うその単語。
それを知らなかっただけで、めちゃくちゃ悔しいんだぜ?
醜い憧れの中で、情景は歪む。
マザー・アース。
それがもし本当につまらないものだったとしても、自分は冷たい霧雨に当たることができたなら、泣いて喜ぶだろう。
まがい物だらけの世界で、こんなにも欲している。


本物という、稀有な存在。


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