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世界の果てに広がる蒼

初出:2012/9/17
めぐる魂の軌跡。


優しい夢を祈るようにバトンで短編企画。
・優しい魔法
・最後の嘘
・神さまとワルツを
・透明水彩の世界
・ひとしずくのなみだ
・あたたかな手
・愛しの泣き虫さん
・さよならの代わりに
・弱い音がこぼれた
・儚く溶けた夢の終わり
・星屑ロマンチカ
・世界の最果てに広がる蒼
・優しい夢を祈るように


海を見たい、と思ったのは、時間がなかったからだ。
リダは、起動した最初の瞬間から、自分が停止する時期を知っていた。ルーティンの中にあらかじめ組み込まれた「予定」だったから、仕方のないことだとは理解している。ただ、組まれた通りのプログラムを消化していく日々の中に、機械にはあるまじき「違和感」を覚えてしまったのは、想定外の事態だったと言わざるを得ない。
リダは、小さな小さな、手のひらに載るくらいのハムスターの形をしていた。表面にはつややかな毛並みを移植され、一番小さな部品は1ミリにも満たない、本当に小さな機械だ。
動物アレルギーの子供たちが、命の大切さを学べるように開発されたと聞いたことがある。
だから機能停止をあらかじめ組み込まれていて、「死ななくてはならない」。その他にも、毎日餌と水を与えられない場合は「衰弱する」ように作られていたし、強い衝撃を受けると「悲鳴のような鳴き声を上げて停止する」。撫でられたり褒められたりすることに反応して「懐く」し、設定された名前や呼びかけに対して「反応する」ようにできている。それらのプログラムが、どれほど本物の生物と似通っているのかはわからない。少なくとも、リダの飼い主は非常にリダを気に入っているようではあったけれど。
リダには、彼女の名前を記録する機能がない。ハムスターが言葉を話すことはないのでどっちにしろ必要はないのだけれど。リダの覚えている単語は、自分の名前と一般的な辞書の内容だけだ。死ぬ前に彼女の名前を憶えておきたかったなと、今は少しだけ思う。
彼女は、小さな手でぎこちなくリダを撫でながら、
「リダって、私の妹になるはずだった女の子の名前なのよ」
と言った。
「お母さんが言ってたの。妹は、生まれてすぐにお星さまになっちゃったんだって。小さくてかわいい女の子だったって。だからね、私お店でリダを見つけたときに、この子だ!って思ったの」
リダと同じタイプの機械には、個々に名前が付けられていて、それを変えることはできない。新しくインプットしなおすのは大変な手間がかかるし、記憶媒体を追加するとここまで小型化できないからだ。だからリダは起動したときからリダのままだし、死ぬまでリダだろう。
そこが気に入ったのだと彼女は言って、リダのふわふわの毛並みを撫でた。リダはシグナルに従って、よく撫でてくれる彼女にすぐに「懐いた」。
学校であったこと、友達の話、両親の些細な喧嘩と仲直りのこと、趣味の読書、テレビで見たスポーツの試合、彼女は毎日毎日リダに、それらのことを話して聞かせた。時には本を読み聞かせてくれたり、カゴごとソファにおいて一緒に映画を見たこともある。彼女はその年頃の少女らしく、よく笑いよく泣いて、よくしゃべった。
彼女はリダを、「妹の生まれ変わり」だという。
リダは自分に命がないことを知っている。すぐに「死ぬ」ことも知っている。明るく笑う少女の笑顔を見上げながら、リダはほんの少しいつも、きゅっと悲しくなってしまう。
妹を二度もなくすこの子は、どれほど泣かなくてはならないのかと、それを考えてしまうのだ。
リダは生物ではないから、死んでも星になれない。少女が夜空に面影を求めても、そこへはいけない。リダに命はないけれど、もしも彼女が言うように自分が「妹の生まれ変わり」ならば、「死んだ」あとには本当の「妹」が残るのだろうか。
リダにはわからなかった。それでも知りたかったし、そうであってほしいと思った。だからリダは、この命が尽きるまでの間に、一度でいいから海を見たいなと思ったのだ。
海はすべての命の源。
ほかならぬ彼女がそう言って笑ったからだ。



作戦はシンプルだが、実にタイミングが重要なミッションだった。
この家の隣に、雲のように白くもこもことした一匹の老犬が住んでいる。その老犬はほとんど放し飼いで、好きな時に寝て好きな時に散歩に行く悠々自適の生活だった。リダの飼い主はその犬を、よく海の近くで見かけると言っていた。
飼い主が学校に行っている間に、リダは自力でカゴを抜け出し、うまく窓を開けて隣の犬にしがみつく。そうすると老犬がリダを海に運んでくれるというわけだ。一見簡単そうなこの作戦は、しかし、実にリスクの高い賭けであることを、リダは知っていた。
第一に、本当に老犬が海に行くのか、確証がないこと。
第二に、海に行くと仮定して、その散歩が飼い主不在の間に終了するかは疑問であること。
第三に、一度窓から外に落ちた場合、うまく老犬にしがみついて海まで行けたとしても、自力で再び窓から室内に戻ることが困難であること。
特に最後の項目に関しては切実だ。壁伝いに這い上がれるかどうかは、やってみなくてはわからない。万が一無理だったなら、その後飼い主が見つけて拾い上げてくれることを期待するしか無いし、それが遅くなるか諦めるかされた場合は、最悪雨に打たれて壊れることを覚悟しなくてはならない。
リダは何度も自分に問いかけた……そこまでして、何故海が見たいのかと。
本当にそれでいいのかと。
明確な理由は出てこないが、それでもそのたびにリダは「やっぱり海が見たい」と結論を出して、飼い主が学校に出かけるとちょくちょくカゴを抜け出して窓から老犬の姿を探し続けた。
この窓の下にちょうど、老犬が通りかかったときに飛び降りる。通りかかるかどうかもわからないけれど、どうせ確率は低いのだから、根気強く待ち続けようとリダは思った。
人事を尽くして天命を待つ。
まさしくその心意気だったのだ。
だが、その天命は、リダが思っていたよりもずっと早くに訪れた。リダがそれを決意してから一か月と三日が過ぎた日のことだ。
その時ついに、リダの祈りが通じたかのように雲のような犬がのっそりと窓の下を通りかかった。飛び降りた場合の着地点を計算すると、もはやためらう余裕は一刻もなかった。今日は月曜日だ、憂鬱だと言いながら学校へ行った飼い主に少しだけ罪悪感を感じたが、それは本来機械か持たない感情だから、すぐに打ち消す。
リダはすぐに窓から飛び降りた。計算された着地点には、きちんとふわふわの犬がいて、どすんと落下の衝撃を受けて動きを止め、何事かとリダを振り返った。リダは機械だから、本物のハムスターよりはずっと丈夫にできている。その分少し硬くて重いので、老犬にはすこし痛かったかもしれない。だが、犬語などリダにはわからないので、いつも飼い主に謝罪するときのように、弱々しく小さく鳴いてみせて、そのままぎゅっと雲のような老犬の毛並みにしがみついた。
生物にとって、他の生物がどのような存在なのか、リダにはわからない。
犬はハムスターを敵と見做しはしないか、不安ではあったが息を潜めて祈った。海を見たかった。ただ、どうしても、海を見たかった。
老犬は戸惑ったようにその場でうろうろと円を描くようにさまよっていたが、リダが離れる気配がないとわかったのか、しばらくしてからのそのそと歩き出した。庭を突っ切って、人通りのないあぜ道に出ると、そのまま一定のリズムでどこかを目指す。
いやきっと海を目指しているはずだ。
そうであって欲しいと、リダは思う。
すべての生命の源。
それがどんな姿をしているのか、リダは知らない。
巨大な水の塊だ、と飼い主は言った。辞書によると、塩分を含んで塩辛い水だと言う。だが映像は見たことがない。
ふわふわの犬の背中でバランスを取り、楽な体制を見つけて座り直すと、リダは顔を上げて老犬が向かっていく先を見つめた。建物が徐々になくなっていき、緩やかな坂道が目の前に広がる。雑木林が横を覆い尽くしているその道を、老犬は迷うこと無く下っていく。強く風が吹き始めて、空気が少し重くなる。空気中の成分が違うようだとリダは思ったが、それを分析する機能はない。
犬は、ただゆっくりと道を下っていく。
それはリダにとって永遠にも近い時間だったかもしれないけれど、永遠ではなかった。おおよそ、老犬の背中にしがみついてから三十分と少しで、視界を覆っていた雑木林が急に開けた。



それは、世界の果てに広がる蒼の、淵。



太陽の光を受けて、キラキラと煌く水面の、眩しさ。
聞いたことのない音を紡ぐ波のうねり。
砂浜には、老犬と同じように散歩でもしているのか、幾つかの人影が見える。
生きて脈打っているかのようなその波の動きが、砂を飲み込んでは攫い、飲み込んでは奪う。強い潮の匂い。生命の源。
この蒼の中にどれだけの命が詰まっているのか、リダにはわからない。それでもリダは思った。
このうごめく蒼は、生物である。
したがって生命を生み出す存在であることは確かである、と。
一言で言うならば、リダは完全に圧倒された。その「海」と呼ばれる存在の大きさに、果ての見えない途方も無く巨大な命に。それが脈打つたび生まれる波に。ぐらぐらとリダの体まで揺らすような大きなうねりに。触れたことのない粘着く風に。この世界のすべての命が、この海から生まれ落ち、ざあっとリダの体をすり抜けてゆくような、そんな気がした。
リダがただ呆然と海を見つめる間、老犬も同じように座り込んで海を見つめていた。あるいはこの老犬には、リダと同じ物が感じ取れていたのかもしれない。姿のない存在が次々と自分をすり抜けていくような浮遊感を。
これは世界の果てなのだ、とリダは思った。地球は円形をしていることは知っている。それでももしも世界をどこかで区切るのだとしたら、海で区切るしか無い。海の向こうは最果ての向こう側で、そちら側の人達も同じように海を前にしてこれが世界の果てだと思うのだろう。だって、果てでないのだとしたらこれはあまりに大きすぎる。もしも飼い主が言うようにリダが飼い主の妹の生まれ変わりなのだとしたら、命は、生まれてまたここに戻って、もう一度出ていって、それを繰り返すのだろう。そんな場所が世界の中心であってはいけない、あまりにも強すぎる。これが中心にあったら、弱いものなど飲まれてしまう。
だから、海というのは、世界の果てなのだ。
リダはそう思う。
思うことさえ可笑しいのかもしれないが、それでも。
ああ、あとは、言葉にならない。海は巨大だ。ちっぽけで手のひらに乗ってしまうリダにとって、あまりに大きすぎる。そして、あまりにも活発だ。これはもしかして怖いという感情なのだろうか。ぶたれても罵られてもいないのに、「怖がる」なんてもしかして壊れているのかもしれない。
ああ、それでも。
どれほどの時間、そこで海を見つめて過ごしたのか、リダにはわからなかった。いや、きっと電子脳に問いかければ速やかなレスポンスが返っただろうけれど、そんなことはしたくなかった。この蒼を目の前にして、時間の経過など些細すぎるからだ。
それでも老犬がのっそりと動き出した時、リダは確かにほっとしたような気がする。
ただ、あんまり大きいから、見つめ続けるにきりがない。どこかで区切らなかったら、それこそリダは壊れるまでこの蒼を見つめ続けなければならなかっただろう。
力が入らずに、老犬の背中から滑り落ちたリダは、ぽてりと砂の上に転がる。それはリダの表面の金属に熱を移し、手触りの良い毛並みに砂を付着させた。その温度はなぜかリダに、飼い主の指先を思い出させる。
老犬は、自分から転げ落ちたリダの小さな体を無造作に咥えて、きた道を同じように歩いてゆく。振り子のようにぶらぶら揺れながら、リダは思った。
私はあそこから来たのだろうか。
あの、どこまでも広がるようなうねりの中から。
それはどうにも現実味がなくて、難解な疑問だ。ただ、自分もあの蒼の中から、誰かをすり抜けてこの機械の体に宿ったというのなら、それはもしかしてすごいこと何じゃないかと思う。
飼い主の妹はあそこからきて、すぐに還っていったのか。
そしてあの最果てで形を変えて、私になったのか。
考えても考えてもよくわからない話だった。それでも。


でも、あそこに帰れたら、いい。


リダはそう思う。
いつか来る「予定通りの死」の、そのあとに。
そうすればもしかして三度目、飼い主の前に「妹」として立てる日が来るのではないか。理由もなくそれを、信じたかった。

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