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優しい夢を祈るように

初出:2012/9/30
それは数々の祈りの果ての、一つの終結。

優しい夢を祈るようにバトンで短編企画。

・優しい魔法
・最後の嘘
・神さまとワルツを
・透明水彩の世界
・ひとしずくのなみだ
・あたたかな手
・愛しの泣き虫さん
・さよならの代わりに
・弱い音がこぼれた
・儚く溶けた夢の終わり
・星屑ロマンチカ
・世界の最果てに広がる蒼

・優しい夢を祈るように





この広い宇宙のどこかには、失われた惑星があると、いう。


「と言っても、俺の爺さんの、さらに爺さんが言っていた戯言だ。どこまで信用のあるもんかわからんがね」


ノアは言う。その口調は軽く、たいして気にとめてもいないようだった。ロスト・プラネットと呼ばれる存在は、伝説的な話から現実的な仮説まで、様々な伝承が残る。したがって、シークは、ノアの口調を不思議だとは思わない。
あってもなくても、構わないのだ。
なぜならノアは、そんなものがなかったとしても宇宙へ繰り出すのをやめないし、シークはノアが行くなら付き合うだけ。宇宙を放浪する道楽者……人はノアのことをそんな風にいうが、シークはそのバカにしたような言いようが好きではない。
ノアは、他の人が仕事をするのと同じように、宇宙を探索しているだけだ。ならば他の人間たちと全く変わりのない、普通の人間だと思うのだけれど。
『ノア。今回はどこの方向へ行くのですか』
小型の宇宙艇では、基本的に一人での航海は許されていない。そんなときはシークのようなパートナー・マシンが付き添うことで、出立の許可が降りる。定義で言えば、ノアは人間だし、シークは機械だ。最新鋭の人工知能を搭載したシークには、多少なりとも「自立思考」のプログラムが組んであった。したがってこのような会話も、難なくこなせることになる。
『前に比較して、この宇宙船の出力は20%上昇しています。約三ヶ月の連続航海が可能です』
「そうだなあ、今日は南にしようかね。この前新しいワープゲートが見つかっただろう?」
『あのゲートは、まだ、調査が済んでいません。通行許可が……、』
「固いことを言うなよ、シーク。こっそり通っちまえばわかんねえって」
小さく笑うノア。
確かに、宇宙に無数に散らばるワープゲートに比較して、その調査員の数は圧倒的に少ない。調査の手が回りきっていないため、新しいワープゲートが発見されても、その調査は順番に行われるので後回しにされるのだ。
ノアが提案したワープゲートは、本当に見つかったばかりのゲートだった。多分、まだ誰も通っていないだろう。その向こうに何があるか分からない以上、わざわざ通ろうとする命知らずも居ないはずである。通り過ぎた途端に磁場嵐にでも巻き込まれたのでは命がいくつあっても足りないからだ。
宇宙は広く、危険はいくつでも転がっている。その間をすり抜けることができた宇宙船だけが、無事にまた大地を踏む事ができるのだ。
『あのゲートの向こうが、どのような状況であるかのデータがありません』
一応、確認のようにシークが言うと、ノアは声を上げて笑った。
「大丈夫だ、行こう。あのゲートは通れると思う」
『また、第六感というものですか?』
「おうよ、俺のカンは当たるだろ?」
さあ行こう、とノアが宇宙船の航路を変えるのに、シークは黙って従った。パートナー・マシンには冷静な状況判断と、操縦者の命の安全が託されている。何度もノアと一緒に宇宙を飛んできたシークだから、一番安全な判断が何なのか、ちゃんと知っている。
『宇宙では、あなたの第六感以上に頼りになるものはありませんね』
「その通り」
加速指示にしたがって、スピードを上げる。
眼前に広がる宇宙は、いつもの様に美しく柔らかい闇で満たされていた。




ノア、というのは、大昔の伝説のようなものから付けられた名前だと、シークは本人から聞いた。有名な語り部が世界に広げた物語の、一番人気のあるものだったと言う。
ノア……それは世界が滅びるとき、その世界の滅亡から逃れるための船の名前だと。
だから、その船の名前をもらったノアが、宇宙船という船に惹かれてやまないのは、当然のことなのだろう。ノアはいつも、誰かに『どうしてそこまで宇宙にこだわるのか』と問われると、シニカルに笑ってこう答えた……『そういうふうに生まれたからさ』と。
シークのライブラリにはその「大昔の伝説」とやらは載っていないので、ノアの話が本当か否かについては判断ができないのだが、そういう、分からない時はノアのことを信じるようにしている。シークにとってノアは、信頼に値する大切な相棒だからだ。
「どうだシーク。周囲に着陸できそうな惑星はあるか?」
『サーチ中です。この宇宙域は、私達のプラネット周辺と構成がよく似ています』
「いいね、居住可能な惑星なんか見つかったら、一攫千金も狙えるな」
口笛を吹きながらそんなことを言ったノアだが、本当にそんなことを考えているわけではないことくらい、シークにも判断がつく。なぜならノアは今までも、有益な惑星をいくつも発見してきているのだ。けれども彼は、一度もそれらを公表して儲けるような真似はしなかった。なぜなら、ノアはそういうものを見つけることが好きなだけで、見つけたあとにはあまり興味が無いからだ。
自分が使えるわけでもないし、どうせ誰かがあとで見つけるだろう、と言うのである。
シークは少しだけ疑問に思うこともあったけれど、ノアがそういうのならばそうなのだろうと気にしないようにしている。
『ノア。三時の方向にそれらしき惑星を確認しました』
「距離は?」
『短距離ワープを三回ほどでたどり着くでしょう。向かいますか?』
「当然」
口笛を吹くノアの舵にあわせて、小さな宇宙船が進路を変える。
このタイプの宇宙船でここまで長い距離を無事に後悔できるのは、シークが知っている限りではノアだけだ。なぜなら、このタイプの宇宙船はとても脆い。
うっかり隕石にでもぶつかったらひとたまりもないのだ。小回りがきくのはいいが、その分、少しの操縦ミスが命取りになる。
つまりノアの操縦が卓越しているということで、それは常に操縦者を見守っているシークのようなパートナー・マシンにとっては非常に重要なことだった。自分があれこれ指示せずとも安全に飛んでくれるのだから、これ以上はない。
シークが示した対象惑星の座標を、ノアはこれ以上ないほど正確に受け取って、きっちり三回の短距離ワープを決めた。それは決して短くない時間、ノアに過酷な重力を課すのだが、屈強な宇宙の男はそんなものを意に介さない。
「座標的には、あれか?シーク」
やがて視界が開けた目的の宇宙で、周囲を見渡したノアが示したのは、青く美しい星だった。水があり、大陸が有るのがこの距離からでもわかる。薄い雲が所々を覆い隠すようすさえも絵画のようだ。
『観測によると、この惑星には空気が存在していると考えられます』
「最高だ。生命反応は?」
『植物のものが多く。動物的なものは、あまり数が多くありません。人間か否かについては、不明です』
「こちらからの呼びかけに応えるか?」
『信号には、少なくとも応答がありません。機械的なレスポンスは皆無です』
「そうか……。もしかしてと思ったんだけどなあ」
小さく呟いたノアが、次に着陸を指示した。とはいえ、整理されたステーションのない星に降り立つとなると、かなり無茶な操縦が必要になる。もちろん、シークのパートナーは完璧にその仕事を終えるだろうけれど、一応幾つかの注意を促した。
ノアもパートナー・マシンの役割をよく知っている男なので、幾つかの安全性に関する要求を快く飲み込む。きちんとシートベルトを締めて衝撃に備え、いざというときのためにシールド機能を稼働させる。
自動着陸のスイッチを入れて待つだけになると、シークはおもむろに先ほどの言葉について、疑問を口にした。
『ノア。もしかして、とは何ですか』
「なんだシーク、暇つぶしに付き合ってくれるのか?」
『思わせぶりな言葉は、気になります』
「だよな。まあ、聞いてくれよ。俺の爺さんの爺さんの話だから、眉唾もんだとは思うんだけどな」
宇宙船はどんどん地上へ向かって降りていく。軽減装置がついているとはいえ、宇宙船内にはそれなりの重力がかかって、人間の体にはかなりの負担になるはずだ。
しかしそんなことは物ともせず、ノアは笑いながら、正面のウィンドウに映る惑星を見つめている。
「昔、俺達人間は、ひとつの惑星に住んでいたんだと。しかし、長く文明を発展してきたその惑星が、大きな滅亡の危機に立たされた。原因不明のウィルスが猛威をふるい、大量の人間が死んだらしい」
『ウィルス、ですか』
「当時の科学力では手も足も出なかったんだと。それで人間は、宇宙船を作って空へ逃れた。俺の爺さんの爺さんが乗った船がまさにそれさ……ノアの箱舟、そういうプロジェクト名だった。それなりに裕福な人間たちと、自給自足用の野菜や果物を中心とした植物、そして逃れた先に惑星が有ることを信じて、幾つかの動物のつがいが持ちだされた」
『あなたの名前ですね』 
「そうだ。その大規模プロジェクトでは、第二弾、第三弾と、次々に宇宙へ住民たちが移動するはずだったんだ。けれども爺さんの爺さんが乗った巨大宇宙船が、今の俺達の星にたどり着いたあと、待てども待てども後続の船は来なかった。航路を飛ばして、きちんと現在地を知らせて、何年も待ったけれど……結局、続く宇宙船は現れず、政府は結論をくだしたのさ。母星ではウィルスが鎮圧され、宇宙に出る必要がなくなったのだろう、とね」
それはあまりにも希望的観測に過ぎないのではないか、とシークは思ったが、口にはしなかった。人間は希望を抱く生き物なのだ、と聞いたことがあるが、そういうことにしておきたい気持ちがわからないでもない。
「シーク。俺はな、見たいんだ。俺達のルーツがどこにあるのか、それはどんな星だったのか。どうして後続の船は来なかったのか。ウィルスに侵された大地は、その後どうなったのか。当時のお偉いさんたちは、再びウィルスの恐怖に向き合うことから逃げて、そのまま母星との連絡を絶ち、母星の存在ごと忘れ去ろうとした。今だってろくな資料は残っていないだろう?全部すてられたらしい」
『不思議です。どうして資料を捨てて、忘れるのですか?』
「覚えていると、焦がれてしまうからさ」
海が。
海が、見えた。
青い青い、水の塊。光を受けてキラキラと輝いて、揺らめいている。
宇宙船はゆっくりと海の上を飛んで、やがて景色は陸へ変化する。もしも未知の生物が生息していた場合は攻撃されることもあるかと思ったのだが、そのような気配は皆無だった。ただ穏やかな自然が、ざわめいて、広がる。
「……でもなあシーク。俺の爺さんの爺さんは忘れなかったんだよ。結婚して孫ができて、それでもまだ母星に、一つの巨大な愛をおいてきたと、言っていた」
『恋人ですか?』
「さあね、野暮なことは軽々しく聞けるものじゃない。でも……そうだったんだろうな」
滑るように空を飛んでいた宇宙船が、開けた大地を見つけて着陸態勢に入った。自動着陸の機能は問題なく作動し、やがて音もなく動きが停止する。
ノアと一緒に惑星の地上に降りることは、シークにとって初めてのことではない。素早く周囲の空気を分析して、身体に害のないものかどうかを確認する。
『酸素濃度も十分かと思われますが、念のため、宇宙服を脱がずに降りてください』
「わかってる。シークも来るか?」
『同行します。いざというときは戦うこともできます』
「よし、歩いてみよう」
過去に降りた惑星では、降りた途端に野生動物に襲われたこともある。急に周囲の火山が爆発して、命からがら逃げたこともある。だが、今回のこの星は、ただただ静かで、何かが起こるとはとても思えなかった。
それでも一応、とビーム銃を持ち、シークはノアに従う。宇宙服は、重くて動きづらいといって、ノアはあまり好きではないらしい。それでも四苦八苦しながらそれを身にまとい、ノアは外界に降りるためのドアを開ける。
風が。
ゆるやかに吹き込んできた。
「必要ないかもな、宇宙服」
ほうっと息を吐いたノアがつぶやく。鳥の声が響いている。草花は太陽の光を受けてめいいっぱいに生きていて、この星が、ひょっとして自分たちが住んでいる星よりも豊かな自然を蓄えていることを示していた。
『万が一のために、着用していてください』
「わかってるよ。ああ、そういえば上から見た時、右になにか開けた土地があっただろう?あれはなんだかわかるか?」
『分析によると石のようです』
「建造物かな?先住民がいるとしたら文化の程度が知れる。行ってみよう」
『はい』
確かに、住民がいるのだとしたら知っておきたい。シークはノアに先んじて歩を進める。何か合った時にノアをかばえるようにしなくてはならない。
道無き道を歩いて、目的の場所には三分ほどを要した。周囲は平和で穏やかで、警戒する必要性などなにもないかのように静まり返っている。
「……石、だな。苔むしているようだけど」
それは、正方形の板のような石だった。いくつもいくつも、見渡す限りに同じようなものがズラリと並んでいるその光景は、ノアの目にもシークの目にも奇妙に映る。恐る恐るその中の一つに近づいて、ほとんど苔に覆われた石の前に屈んだノアは、しかし、すぐにそれが何なのかについて理解した。
否。
理解せざるを、得なかったのだ。
「……これ、は」
呟いた声の先が喉から出てこない。
ただ、動きづらい宇宙服の指先で苔をむしるように払う。キラリと光ったのは宝石か何かだろうか、石に埋め込まれた指輪のようだ。その隣に、名前が。
誰かの名前が、あった。
ノアには、読める。
シークにも、もちろん。



エジッタ・グリーン――君に優しい夢が降るように、祈る。



それは、ひょっとして見つけてはいけないものだったのかもしれない。
知らないほうが幸せだったものなのかもしれない。
けれどもノアは見つけてしまった。それは、墓だ。並べられた無数の、遠い昔に生きていた誰かの、眠るゆりかご。それらが整然と並べられ、こうして、いくつもいくつも作られた事の意味を、ノアは。
だってその文字が読めるなら、答えはひとつしか無い。
涙が、こぼれた。
ここには、遠い昔確かに愛された誰かが、居たのだ。
ノアの爺さんの爺さんが愛した誰かも。
もしかしてノアと血の繋がりのあった誰かも。
彼らは宇宙船が空へ救いを求めたあとも、この土地にずっといたのだ。ずっと、生きて、ノアの先祖が逃げ出したウィルスと闘いながら、確かにここに。彼らに何があったのかノアは知らない。それでも、失われた惑星なんかじゃなくて、ここには確かに誰かが生きて、誰かが慈しんだ誰かの故郷なんだ。
言葉を失うノアの肩に、シークが気遣うように触れる。シークも理解していた。ここがどういう星だか、おそらくノアよりも先に気づいていたのかもしれない。あふれる涙が視界を歪めて、ノアはのろのろと宇宙服のヘルメットをカチリと外した。



触れたかった。
ずっと、探していた場所。
誰かが笑っていた、誰かが泣いていた、誰かが愛したこの世界に。
ずっと触れたかった。
でもおそらく、求めていたのはこんな結末じゃなかったんだ。



息を吸う。
吐く。
シークは安全のためにヘルメットをつけろ、なんて野暮なことは言わなかった。肺に流れ込む優しい空気の中に、無数の誰かの心が紛れているような気がして、ノアはやっぱり止まらない涙を散らすように瞬きをする。
空の青。
木々の緑。
そうして風が髪を揺らし、木々のざわめきが子守唄のように優しく囁く。
ああ。
どうして、無性に、胸が痛いんだ。叶うなら、どうかその資格がなくてもいい、少しだけ祈らせてくれないか、ちっぽけな男だけど。



「誰か」の愛した「誰か」に、優しい夢が降るように。
……どこかで幸せで、ありますように。

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