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冷たい奇跡

初出:2006/12/19
お題:「迷宮」と「聖夜」。
ものすごく難しかった記憶。

零れた影に口付けを。


大地が溶けてしまえばいいのにな。吐く息の白さにまどろんで、マフラーに埋もれるように息をする。
雪が降る前に、この大地が溶けてしまえばいいのにな。
足元が崩れれば影など気にすることもないだろうに。ただ煌々と明るい窓辺のシルエットは、ぴんと背筋を伸ばして美しい。それはオートマータみたいに、硬質な質感を影にまで伝える。
ああ、魂まで凍りそうなくらい寒い。雪が降り出す前のこの瞬間ほど、冷たい時間もないだろう。買ったばかりの手袋に包んだ手のひらが、じんじんと痛んだ。
そうだ彼女は機械人形。暗い大地を見下ろす為のただの明かり。
初めてその窓を見上げたとき、なんてつめたい目で世界を見るのだろうと思った。そしてその最初の印象を、今でももてあましている。
オートマータは笑わない。
彼女はめったに動きもしない。
ただ物憂げに世界を見下ろしているだけ。
彼女の住まう屋敷は広大で、要塞に似たかたくななまでの拒絶をかもし出す。そうかこれは籠なのかと瞬間で理解した。
彼女は牢獄のガラス細工。
美しいけれど酷く冷たい。
この町を出ようと決めたとき、最後に見たい景色があった。彼女が綺麗なドレスを着て、ぴんと背を伸ばして佇んでいるあの窓辺に、微笑が宿る瞬間を。
そんなことが起こるとは思えなかったけれど、それでも。
最後の晩は、そんな勝算のない賭け事に費やしてみようかと、こんなところで凍えている。
ああ、本当に今この大地が、溶けてしまえばいいのにな。
さっきから馬鹿みたいにそんなことばかり。極限状態の頭は飽和している。馬鹿みたいで、おかしくて、笑えた。
なにをしているんだか。
わからないし、理解できない。迷い込んだ迷宮で意味もなく歩き回っているかのようだ。ぐるぐると同じところばかり、こんな寒空の下で。
見つめ続けた窓辺から、煌々とした光が消える。
掻き消えた影の余韻に、投げキッスをぶつけて大声で笑った。バイバイ、お人形さん。俺は結構、あんたのことが好きだった。冷たくて哀しくて、きっと大地が溶けて消えたって、あんたは残ってしまうんだろう。
異質なものは、浮かんで見えるのが世の中さ。
だから俺は、あんたが笑ってくれなくて嬉しかったよ。
笑ってしまったら、ただの綺麗な思い出。



笑わないから、あんたは綺麗で冷たい奇跡なんだ。


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