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裁きの朝

初出:2007/1/27
テーマ「魂が焼けるような夜明けだった」
ああ、殺してしまいたい。



真っ白な頭に唐突に湧いたその感情は酷く柔らかかった。思わず手のひらを見つめる。
その柔らかい喉元に、この手で、この指で、この体で。いっそそうしてしまおうか、そうしたら僕は楽だろうか。薄っぺらな淡い夜、君はまだ目を覚まさない。
殺してしまおう、きっと、そのほうが。
すんなりと理解して、だから人形のような君の白い首筋に手を当てた。力をこめようとして、どうしてか、酷く汗をかいていることに気づいた。
こんなに寒い夜なのに。
どくり、どくり、刺すような心臓の音楽は重く早い。いや、心臓だけではなく自分の体中がその鼓動に合わせて共鳴していた。
早鐘。
緊張ではない、興奮でもない。これは・・・何。
早く、早くと心がせかす。それなのに、指先には力が全く入らなかった。軟体動物にでもなったように、ただただ震えるばかり。
殺せばすべてが終わるだろうに。こんな途方も無い空白を抱えたまま、些細なことで崩れ落ちそうな不安に飲まれて、ひたすら待ち続ける夜も。
何で君の事なんかでこんなに苦しまなくちゃいけないんだ。問うたところで、答える声は無い。
一人なんか嫌いなんだ。
けれど君が隣にいるほうがもっと嫌いだ。
狂気のような衝動が髪の毛までも支配する。自分のものより温い体温が触れるたび、溶けて消えてしまいそうだと、魂が悲鳴を上げた。
君がいるだけで、僕が軋んでしまう。
だから、だったら、今のうちだ。目覚める前に、この瞳にもう一度自分が映りこむ前に、壊してしまえ。
もう限界なのだ・・・全身全霊で、知っている。もうだめだ、これ以上は一分一秒も持たない。この目が開けば、僕は終わりだ。
なのに、どうして。
その終焉を、僕の両手は望むのだろう。
白い喉元からずり落ちた自分の手のひらを見つめたなら、もう泣くしかないなと掠れた声が笑った。それが自分の声だと気づくまでに、三秒ほどはかかっただろうか。そうしてそのまま、声を上げて笑い続けた。
涙はとっくに地面にしみこんでいた。
これほどまでに絶望的な夜明けは初めてだ。
狂ったように笑いながら、止まらない涙で滲む世界に朝焼けの赤が舞い降りる。ぼやかせて、滲ませて、淡いまま捨ててしまえばよかったのに。
君にはずいぶんと酷いことをした。困らせて泣かせることでしか、何も表現できなかった。
すまない、もうこれでおしまいだ。
君がすべてを終わらせてくれることだけを、今はただただ待ち望んでいる。そして渇望するそ終焉こそ、僕の心が崩れる引き金になるだろう。君にとっての僕が恐怖でしかないことを知っている。
今日、このとき、いつか来るだろうと思っていたこの審判の刹那。裁きを君がためらわないことだけを、願ってきた結果だ。
さあどうかためらわず。
何しろ僕は君を殺そうとしたんだ。
君が僕を殺したって、それは正当防衛というものだろう。
君がその目を開けたなら、最後を告げよう。その目に映る僕の姿はきっと、物乞いをする乞食のようにうなだれているだろう。そうして君はきっと告げる・・・僕への判決を。
僕は。
ただその言葉に殉じ、ただ、この目に最後の君を焼き付けるだけだ。
どうせ最初から狂っていた。完全に狂ったとしても誰が困るだろう。ただ狂ったその先の世界でも、思い出せるのが君ならいいな。
君は光だったのだろう。
生まれたときから闇にいた僕には、目も当てられぬほどまぶしかった。まぶしすぎた。その存在だけで、焼き尽くされて灰になるほど。
もうこれ以上は無理だ。これ以上焼くところなど残っていない。
僕は。
全身全霊、すべてを狂わせて君を愛した。
慈悲をくれるならば。


君の言葉で殺してくれ。

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