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ひとでなしの紅

初出:2007/1/30
江戸川乱歩とか横溝正史とかをどっぷり読んでいた頃に書いたもの。


その屋敷にはその昔、酷く心を歪ませた、殺人鬼が住んでいたという。


うら若き麗人だったとも、醜き老人だったとも、まだ幼さの残る少女だったともいわれるが、本当のところを知っている者はもうこの世にはなく、そしてまた、どんな人物であったとしてもその殺人鬼の起こした恐ろしい事件を、誤魔化すことはできないだろう。
仮に、その人物をXとする。
Xはその当時、とても恵まれた環境にいた。それは、いくら廃れてしまったとはいえ、このように立派で広い洋館に住んでいたことからも推し量れよう。加えて、Xはたくさんの使用人を従え、この洋館にほとんど一人で住んでいた。
女性だったなら、未亡人だったか、未婚の娘でも両親をなんらかの理由でなくしたか。それとも夫やら子供やらとは別居していたのかも知れぬ。
男だったなら、それは別段珍しいことでもないだろう。近頃では独身のまま生涯を終える者だって、少なくないのだからね。
ともかくXは広い屋敷で一人、悠長に暮らしていたというわけだ。
ところでね、君。
君のように若い青年にとってはなじみがないだろうが、この頃というのは非常に混沌としていた時代だった。丁度、それ、先の大が終わったばかりで食料も乏しい。おまけにお国は敗戦とあって、国中が貧乏で、薄ら寒い絶望に打ちひしがれていた。
Xもご他聞に漏れず、その日食うものにすら困る始末であったろう。たくさんいた使用人も皆解雇し、このような広大な洋館に一人で細々と暮らさざるをえなかったというわけだ。
あるいはそれが直接の引き金だったのか、それとも大戦の間に、もうすでにXは狂っていたのかもしれない。
なにしろ空襲なんかもあったところだ、もしかしたらXにとって、死というものはそれほど恐ろしいものでなくなっていたのかも知れない。今となっては分からぬことだがね。
時に君は、殺人鬼というとどんなことを思い出すのだろう。
英吉利の、かの有名な切り裂き魔あたりが無難だろうか。それとも大戦の最中何人ものユダヤ人を殺害したとされる巴里の博士なども薄ら寒いね。
しかし、このXという人物の恐ろしいところは、それらの比ではないのだ。
Xは間違いなく狂っていたし、残虐で非道で、人として扱うことすらもためらうほどのことをしでかした。
そう、その舞台となったのがここだ、まさにここ、この廃墟なのだよ。
我々がこうして立っている地面はどれだけの人の血を啜っていることか!そしてまたこうして周囲に聳え立つ木々は、いったいいくつの悲鳴を聞いたことか!この屋敷には、この、広大な敷地には、全くどれほどの骨が眠っていたことだろう!
おや、顔色が悪いね、君。
怖気づいたのならば辞めておこうか。いや、冗談だよ君。わかっているさ、君がここまで来て回れ右をするはずなど、ないということはね。
では続けよう。
ところで、なぜXはそれだけのことをしでかしたというのに、これほどまで無名であるのだろう。まずはそこから話そう。
なに、簡単な話だ。Xによる犯行が明らかになったのは、ほんの十数年前のことなのだ。つまりそれまでの間、Xの行いは闇の中にずっとしまいこまれていたというわけだ。
要因はいくつもある。この辺りは人里離れているので、誰の目にも留まらなかっただろうし、Xには身寄りが全くなく、屋敷を訪ねるものもなかった。ましてや大戦のあとはみんな、自分が生きていくので手一杯。そんな状況で誰がXを気にかけるかね?
時 代と立地が、Xの犯行を容易にし、なおかつ目隠しとなりその犯行を隠したのだ。そうしてXはこの廃屋で一人死をもてあそび、最後には誰にも知られぬまま息 を引き取って、そのまま存在すら忘れ去られた。この屋敷が発見されてから今日までに十数年、いまだにどの骨がXのものであるのかは、誰も知らない。
そろそろ気味が悪くなってきたことだろう。
先ほどから思わせぶりな言い回しばかりですまないね、ただ、事件を口にするのはとても思い切りのいることなのだ。分かってくれたまえ。
さあ・・・そろそろ君も、記憶を呼び起こしてくれたまえ。
君が見た、あの紅い着物の人物のことだ。
それは、男だったかね、女だったかね?髪は長かっただろうか、短かっただろうか。声はどんな風だったね?背格好は、目鼻立ちは、口調は。
そうだ、わかるだろう。
君が見たというその人物こそが、Xの亡霊であるかも知れぬということだ。
君 は近頃の若者らしく、亡霊だなどという戯言は信じぬだろうね。そういう私とて、全く信じてなどいないが、この廃屋に出る幽霊というものは、困ったことに君 以外にもたくさんの目撃談があり、しかも誰もが口をそろえて紅い着物を見たという。あまりにも共通点が多すぎるので、だれかがそんな仮装をして驚かしてい るのではないかとすら思うほどだ。
だが、そう、目撃者である君ならば分かるだろう。その亡霊は、瞬きをする間に消えてしまうものらしい。君も確かそう言ったね。
暇な奇術師であるというのならばともかく・・・そう何人もの目の前で、確かに姿を見せた後煙のように消えうせるなどという芸当は、とても凡人にはできぬよ。故に私は不本意ながら、それを亡霊と呼ぶしかないのだ。
紅い着物。ああ、本当に私は薄ら寒い。
その着物が紅いのは、人々の血を吸うているからだ。その目が紅いのは、精神を狂わせて人でないものに堕ちたからであろうよ。そうだ、Xはまだこの屋敷をさまよい、狂い続けているに違いない。私はそれを思うと、恐ろしくて震えてくるほどだ。
君は覚えているだろうね。
その亡霊が言った言葉だ。なんと言ったか、思い出せるだろう。
あ あ、口にするのも恐ろしかろう。そうだ、言葉にするのはいけない。心の中で思い出したまえ、君。一目散にその場から逃げたといったが、私は子どものころの 君が逃げ出してくれたことを、心から喜ばしく思う。なぜならばこの洋館からは、いまだに、時たま死体が出るのだからね。
故にこの洋館は、夜に地獄と通ずるといわれる。大半は自殺で処理されるが、それにしても重なりすぎるというので、地元の人間は誰も近づかないほどだ。
昼間と夜とでずいぶん印象が違うと、君も言っただろう。今は昼間だからいいが、これが夜だったら、君。どんなに強く言われたって、こんなところには来なかっただろうよ。
Xは笑っていただろう。
誰もが口をそろえてそういう。
紅い着物で笑っていたと。
そうして必ず、その言葉を吐いて消えると。
ねえ君。
Xは本当に人だったのかね?私は、それを知りたくて堪らない。人でなかったならいいと思っているんだ。人が、あのような残虐なことができる生き物だなんて、信じたくはないのだよ。
ねえ君・・・。




食らってしまうぞ




その紅は、君には人に見えたかい?


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