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蒼の果て

初出:2007/4/22
競作お題「耳に、触れる」

それは、心に波を立てるもの。



くすぐる潮騒、太陽から生まれた透明な青。
空は・・・夢のように青く澄んだ空は、絵葉書のプリントみたいに鮮やかで、風が通り抜ける程青さを増すようだ。
青と青同士にも境界線があることが不思議で、ずっと先の焦点を見つめている。空と海は異なっているけれど、おそらくはその源流はとても近いのだろう。
どこか、大いなるところから、流れ来る。
「惚れるなよ」
生ぬるい南風の合間から、君が言う。
「惚れる?」
何に、と問えば、小さく笑って。
「大きなものに。それにかかったら・・・人なんか、吸収されて養分になるしかないから」
君は青に負けじと白い、どこまでも白いその羽根を広げて、空を挑むように睨み付けた。憎むでもなく、それはただただ、憧れと衝動の混じる視線で。
「祝福されているようだね」
僕はつぶやけば、その光に溢れた表情に笑みを浮かべる。雲ひとつないその空へ、誰よりもまっすぐな情熱を放ったまま。
「懺悔だろ」
欠片の未練も、焦燥も、憎悪もない。
それは、夢を見ているような透明な瞳。それは、幻を追いかけるまっすぐな瞳。
僕 は自分の背中を盗み見て、その平らさに少しの寂しさを滲ませた。羽根があったならと願ったことは、何度もある。けれど結局そんなものは一時の気まぐれにす ぎず、おそらくはあったとして、それを特別に幸せに思うこともなかっただろう。僕にとっての空は、君にとっての空と、決定的に違う。
「・・・行くのか」
「どこへ」
問いに、間髪いれずに返されて言葉に詰まった。
それを君が問い返すのは、おかしいような気がする。言葉を見つけられないまま、まっすぐに空を見つめる君の横顔を、思わずじっと凝視して。
そして。
・・そうか、分かった。
だから、笑ったのか。
「・・・行かない、のか」
「ん」
君の背中にひらりと翻る、雪原のように深い白。
手折られたまま、ついに元通りにはならなかった。
「意外か?」
「少し」
ざわざわと風が二人の間を通り抜ける。薄いヴェールがすり抜けていく、あの感覚に似ていた。

「君は、行くと思ってたよ」

空へ。
あの広い、自由な、何もさえぎるものなどない世界へ。だって君はその羽根がどんな風になっていたって気にした様子もなく、ただ空を焦がれるように楽しそうに、見ていたから。
だから僕は。
「落ちても、それで死んだとしても、行くんだと思っていた」
その覚悟が、君にあるものだと疑っていなかったんだ。
言葉を吐き出した僕の唇に、ようやく君が視線を向ける。どうしてだろうか、君の視線はいつもどこを見ているのかとても、分かりやすいね。

「俺も、そう思ってた」

笑う。
ああ、そうか。そうだね。
君は何もあきらめてない。
ただ、回り道を選んだだけなんだ。
白の羽根が、ふわりと僕の耳に、触れる。
ぞくり、酩酊と浮遊が僕の心に湧き上がった。
「惚れるなよ」
にやりと意地悪そうに、君はまた空を見上げて、気持ちよさそうに。



「これは俺のだ」

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