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雪が降った日

初出:2012/12/02
お題:「冬 アドヴェント 聖者の贈り物」
もう少しだけ、お願い。







テレビニュースのアナウンサーが、驚きを滲ませたような声で言ったんだ。
『今夜から明日朝にかけて、一部地域では雪がふるでしょう』
その一部地域には自分の住んでいる地域も含まれてたから、僕は何年も使っている古びたクローゼットからダウンコートを取り出した。それを椅子にかぶせて置いて、手袋をタンスから引っ張りだす。マフラーも必要だろうかと悩んでいるところに、兄が呆れたように声をかけた。
「いつも思うけど、真っ黒だな」
「何が?」
「コートも手袋も、マフラーも黒だろう?」
「そうだっけ?マフラーはあずき色も持ってるよ」
「着てないじゃないか」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
兄はいつも、驚くほど僕を見ているので、そうなのかもしれない。でも黒が一番着ていて楽というか、何にでも合うので重宝するのだ。全身真っ黒で歩いていても、変じゃないと思うし。
「外に行くのか?」
「うん。雪が降ったら」
「風邪引くなよ、行くならホッカイロ持ってけ」
「うん」
貼 るタイプの奴が、たしかあった気がする。さすがに幼稚園の頃から初雪が降ると外に飛び出しているので、今更兄も止める気はないようだ。兄は言うだけ言って 満足したのか、リビングのソファに座って、読んでいた文庫本に改めて視線を落とした。若草色のセーターが暖かそうで、今度ああいうのを買おうかな、と頭の 中にメモする。一応、黒じゃなくてあずき色の方のマフラーを準備してから、窓枠にへばりついて空を見上げた。
すでに辺りは暗く、夜と呼べる時間帯だ。では、いつから雪は降るだろうか。冬になるとそれが楽しみで楽しみで仕方がない。
「本当にお前は雪が好きだな」
小さな子供のようにそわそわしている僕を見かねたのか、兄が笑いながらそう言う。うん、と答えようとして、さっきからそればっかりだなと思ったので飲み込んだ。兄はいつも、僕が同じ事しか言わないので「会話らいい会話をしてくれよ」と言うのだ。
「冬だなあって思うから」
とりあえずそう答えると、
「雪が降ると?」
と確認のように問われる。ああ、そうか主語が足りないというのはこういうことか。
「昔、兄さんが言ったんだよ、12月の雪は聖者からの贈り物だって」
「俺が?」
「うん。アドベントカレンダー、読んでくれた時」
「ああ、懐かしいなあれ。ヨースタイン・ゴルデルか」
「そうそれ。難しいところもあったけど。日本ではクリスマスの日しかプレゼントもらえないけど、海外ではアドベントカレンダーって、1日1つ、お菓子をもらえたりするんだよね。それで、ずるいなあって言ったら」
「思い出した、丁度その話をした日に雪が降ったんだ」
「うん」
それで兄は、ずるいずるいと泣いた僕をなだめるために、「ほら、聖者からの贈り物だ、雪が降ったぞ」と言って外を指さした。僕は確かに人並み外れて雪が好きだけど、なぜ好きになったのかと言われたら多分、その時とても嬉しかったせいだと思う。
雪が降ると、プレゼントをもらえた気分になる。
だから、うれしいし、わくわくする。触りたくなるんだ。
「積もったら、朝になると早起きの人たちの足あとが残っちゃうから」
「だから夜に行くのか?」
「うん、朝は、起きられない」
「あはは、そうだったな」
お前は何時まで経っても、朝は弱いままだ、と兄がいう。それは自分も自覚しているところだったので、気まずく頭をかくに留めた。
「でも、そうか。そうだったか、よかった」
少し笑って、兄はつぶやく。



「俺がお前に残せたものが、何か一つでもあったんなら良かったよ」





雪が降った。
身を切るような寒さの中へ、僕はコートと手袋とマフラーで完全武装してから一歩踏み出す。
「正樹、外に行くの?」
奥から母が呼びかけたので、僕は振り返らずに「うん」と答えた。
「雪見に行くだけ、すぐに戻るよ」
「いいけど、寒いからホッカイロ持って行きなさい」
「持ったよ」
「あら、珍しい」
廊下の奥から顔を出した母が、わざわざ玄関まで見送りに来たので、僕は一歩踏み出していた外から慌て玄関に戻った。部屋着の母を、外の冷気に晒すのはさすがにかわいそうだ。
「貼るのがあったから。お腹に貼った」
「あなた、前はいくら言っても言われるまで気づかなかったのにねえ」
「……うん、いつも兄さんに言われてた」
「気をつけて言って来るのよ。もう、前みたいにお兄ちゃんは付いて行ってくれないんだから」
「……、うん」
「あなたがしっかりするようになったなんて、お兄ちゃんきっと喜んでいるわね」
兄は。
優しくてしっかり者で、周りをびっくりするほどよく見ていて、本が好きで、少し寒がりだった。僕がぼんやりしているとすぐに気づいてくれて、よく手を引いてくれた。大好きな兄だった。
大好きな、兄だった。
「お兄ちゃん、寒がりのくせに冬が好きだったわね、そういえば」
懐かしそうに目を細めて、母が言う。僕はそうだっただろうか、と考えて、そういえばそうだったかもしれないと納得した。でもその理由はきっと、僕が好きだったからじゃないかなと思った。他人の喜ぶ顔が、何よりも好きな兄だった。
「兄さんは……今も僕を、危なっかしいと思って、見てると思うよ」
「そうねえ、そういう子だものね」
「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。すぐに戻りなさいね」
兄が他界して、一年になる。
時折目に見える兄は、果たして僕の目に映る幻覚なのか、それとも幽霊とか言われるものなのか。わからないけれど、死んでからも僕の面倒を見なきゃいけない兄に、ほんの少し申し訳ないと思う。
なにか残せたなら、なんて兄は言ったけれど。
きっと僕を形成する多くは、兄からの影響でできていると、思うんだ。でも、それを言ってしまったら兄は満足してしまうんじゃないかって、そう思うとうまく言葉に出来ない。満足してしまったら兄は、もう二度と僕の前には現れなくなってしまうんじゃないかって思う。
本当ならそれが一番いいんだと、わかっているけれど。いつまでもここに留めて置くのは申し訳ないと思うけれど、それでも。



もう少し、頼りない弟の振りをする。
もう少し、もう少しだけ、そばに居てください。

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