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blue, over blue

初出:200/2/25
お題:「びいどろ」



びいどろのような目だ。
真正面から見据えるたびに、そう思っていた。
それはまるで、雪解けの水ににている。薄い青に、輝かんばかりの白をまぶし、硬質な藍が重なっている。暖かい日差しにあたると、それは小さな奇跡のように透明で、光そのものと見まごうばかりにまぶしかった。
まるでステンドグラスだねえ、とつぶやいたなら、彼は小さく笑い、可笑しなことをいうものだ、と返す。ただのガラスだよ、と。
彼には左の目がない。
子供の時分に傷つけて、医者に行くにも金がなく、放っておいたならば腐って落ちた、とは本人談。軽く言ってくれるが、そのせいで一時は死にかけたというのだから、そうとうな苦痛を伴ったであろうと推測できる。
最初は義眼を買う金もなく、やっぱり放っておいたらしいが、目が空洞というのはそりゃア不評であったらしい。たまりかねて近所の資産家が、勝手に彼に眼を作ってともかくこれをつけろと寄越したのが、今も彼の左目に鎮座する、これだ。
其れは硝子の風鈴のように、いまにも涼しげな音を立てそうな目で、彼の飄々とした人柄によく似合っていた。
彼と初めて会ったとき、僕はその目の輝きに酷く魅せられ、つい『美しい目だねぇ』と声をかけたのだった。それが、彼には新鮮であったらしい。
片目が黒いというに、もう片方がこうきらきらとしているのでは、義眼ですと宣伝をしているようなものだ、と彼は言った。そんなものを美しいというのは君が始めてだ、と笑った彼の表情は、やはりびいどろのように澄み切った音をたてそうで、僕は目を細めたのだった。
以来、幾年。
僕は言葉の限りを尽くして彼の目を褒め称えた。彼はそのたびやんわりと笑って言葉を濁した。思えばあまり、目を特別に見て欲しくなかったのだろうか。ただ僕は彼の一部がそれだから美しいと思ったのに、そんなことは伝わらなかったのかもしれない。
彼は、魂の美しい人だったのだ。
だから彼のまとうもの全てが、きっと美しかったのだ。




掌に転がる、青と藍の小さなガラス球を、握り締める。
体温が移って温いその球体は、相変わらず光を受けてきらきらと輝いている。
『死んだら君に』
微笑んだ淡い笑顔が、記憶のそこで涙に滲んだ。

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