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紅椿

初出:2008/2/14
冬の花は椿。これは譲れない。

忘れてね。小さく睦言を。



はらはらと降り注ぐ白の中で、うっすら、夢を見ていた。
あの暖かな春の台、その日差しの中に翻る蝶の、朧な幻。窮屈なほど握り締めた手のひらをぎこちなく広げて、息を吐く。ああ、この冷たい雪の帳にも、いつしか訪れる春の宴を待っている。
触れては解ける白花を、幸と雪が同じゆきなのは白いからだと、君が無邪気に微笑んだのはいつだったろう。気が遠くなるほど昔のような気がして、もう一度、記憶ごと掴み取るように手のひらを握り締めた。
白く白くどこまでも白く、心さえ白く。君に乞われたその言葉が純粋なほど、痛みは増すばかりで切ないね。
鮮 やかに根を張る記憶の樹を、忘れようとするほど困難なものもなく。かえってそうして努力するほどに深く根が伸びていくようで、悪循環と自嘲した。ねえ君、 やはりあれは悪趣味な遺言だと思うんだ。忘れて、だなんて泣けてくる。どうして真っ白になれれば幸せだなんて君は、残酷なことを言うのだろう。君を忘れて 心を真っ白にして、それでえられる幸せだというのならば僕は一生だって不幸でいい。
しんしんと冴え渡る白い世界に、流れる川さえ緩やかに、ひそやかに。
息を潜めてなお、空を見上げて切望する。


光を。


ねえ君、君の言う幸せは対岸に流れ着いた椿の花に似ている。
見 た目こそ美しいがそこには、通う命が存在せず。君の目には、造花のごときあの紅も美しく映るのかもしれないが、僕はやはり、椿は木に咲き、緑の葉と共にあ ればこそ美しいと思うのだよ。それは小さな価値観の違いだったのかもしれない、けれど、君と僕との一番の違いは、きっとそこだったのだろう。
だからこそ。
だからこそ君はそれを、ひどく残酷で、しかも純粋で、痛みしか残さぬ願いを、僕に口に出来たのだろう。
切る様な冷たさの中を、水辺に踏み出す。
そういえば昔、水が怖かった。これはどこにでも染みこんで、誘うように揺れるので。けれど今、この真っ白な世界を引き裂く唯一のものがこの流れだというのならば、より恐れるべくは白のほうだろう。
張り付く布地の痛みも、つま先がなぞる丸石の質感も、何もかもを踏み飛ばして手を伸ばす。


紅へ。


ああ、ほら君が望んだものがこれだというのならばなんて脆い。
これほど凍えて思うまま動かぬ指先で、たやすく捕らえられるとは。
そのものが美しくとも、僕の手の中で美しくないならば意味もなかろう。
幻想だったのだ、白く美しい世界など。永遠の冬を夢見た、君の意図などわかるべくもないが。もしも君の願いが遠目に美しい箱庭だったとしたら、そんなものが何故僕を救うだろう。僕を幸せにするだろう。
ねえ君、君の願ったのはもしかして、君自身の幸福だというのかい。
春に恋焦がれた僕の心を、冬に閉じ込めて満足かい。
けれども君、僕は君を忘れはしないよ。きっとどれほど時が流れても、どれほどの労力を費やしてでも、君を決して。


忘れない。


抱きしめればほら花は脆く。
あの時君にこうすればよかったのだと、今更の後悔と。
ああでも、君を抱きしめなかったのが正解かもしれない。
この腕の中で崩れることがあったなら生きてはいけまい。
君がもういないという事実だけで、僕は酷く・・・


息を吐く。
口を突くのは、今更の睦言ばかり。

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