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宵藍

初出:2007/12/1
和風な断片。
遠くの空はまだ朱のまま。
されとてこれから来たる宵、遅れをとるわけには行かぬ。

「夢虫、夢虫。飾っとくれヨ」

女は妖しく微笑んで、薄闇に声を張った。
白の着物に赤い柄が散ってゐるように見えたが、それは女の紅ゐ血のやうである。艶然と微笑む血の気のうせた顔は酷く白く、今にもふらりと崩れそうにも見えた。
手のひらに伝う己の血を舐めて、それでも女はこともなげに声を張り上げる。
「あたしの惚れた男は目ェは悪いが、なにしろ飛び切りカンがゐい」
声につられたのか、漸く、ひらりひらりと蝶達が薄闇から近づいてくる。
女が手を伸ばす。蝶は、十数羽いるやうである。
「老いたァなんてサ、言わせはせんさ。女は、慕う男の為ならいつまでも、若いんだよォ」
からからと笑う声が藍の空に響いた。
蝶たちはふわふわと女を取りまき、女を飾り立てんと群がる。微か漂う血の匂いも、蝶の撒く光の粉に紛れるやうに薄れた。
「あの人に会う宵は、いつだって勝負事だよォ。そりゃあ結局はサ、惚れたあたしの負けだがね」
からから。
楽しくて仕方がないというやうな女の笑い声には、一転の曇りも戸惑いもない。
経緯は分からぬが、蝶の消えた宵の薄暗がりには、見事に着飾った美しい女が一人、毅然と背筋を伸ばして居る。
女は宵藍の濃くなる空を見上げて、満足そうに微笑んだ。



「さア、行こうかね、あたしのあんた。今宵はあたしと遊ぼうじゃないか」



一夜を夢に埋めて。
幻とも現とも曖昧な、宵が来る。

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