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狂愛

初出:2007/11/20
タイトルまんま。
誰が其れを恋と云った
其れは甘やかな情ではない
其れは狂気と云うものだ

愛している

ただそれだけではいけなかったか。
ただそれだけでは満足せぬか。
同じように相手も狂えと思うか。
同じところまで落ちよと祈るか。

君に、ひとつの昔話をしよう。
此れは気の遠くなるほど昔の話、登場人物はただの二人だ。男と女・・・良く在る話だ、違うかね?
二人は愛し合っていたけれど、愛には温度があるのだと知っているかい。女の其れが暖かな春の日差しだとしたならば、男の其れは太陽そのものであった。熱すぎて触れることも叶わない、そうして男には、其れを伝える術さえ思いつかなかった。
救いが在るとすれば、ただひとつ、男が自分の感情を狂気だと把握していたことだけだろう。どろどろと溶岩のような其の狂気を内側に抱えながら、男はそれでも不器用に、軋むように、自分自身の魂を削るように、女を愛した。
それがどんなにか苦しいことだったか、君にはわかるまい。否、わかってはおしまいだ、そのままでいるのが良い。
恋が苦しいと嘆く世の中の全うな恋人たちに、たたきつけてやりたいほど、痛い感情であったよ。先ずはそう、触れることができないのだ、怖くて。声を聞くだけでたまらない、姿を目に入れるだけで狂おしい。それなのに、後姿を見かければ、こっちを向けと念じずにはいられない。
さながら痛い痛いとわめきながら自分自身を切りつける自殺志願者の如き有様だ。それを狂人と呼ばずして誰をそう呼ぶかね。あんまり愛しすぎたから、もう其の時点で幸せになれるはずがなかった。幸せになるには少し、重すぎたし想いすぎた。
そ れを理解している時点で、男は死ぬべきだった。俺は今でもそう思う。男は死ぬべきだったのだ、想いが死なぬならば。だのに男は狂いながら行き続け、いつか その熱が冷める日をありえないと知りながら待ち続けた。どんなものでも高熱にさらされ続ければ溶け爛れて滅するものだ。其の想いが熱だと言うのならば体は 器だった、正気、理性、そういったものもまた、やはり器だった。
男はぎこちなく女を愛し続け、自分の狂気を知るが故に距離をとり続けた。触れては終わる、触れなければ崩れずにすむものもある、男はそう信じていた。女は其れを知らなかった。もとより知る術さえなかったのだから、すれ違いは仕方がなかったのかも知れない。
ぎこちない愛情の海の中で、女は終に自ら男へ手を伸ばした。
女は男に笑って欲しかったのだと思う。いつでも苦しげであったから。其れは純粋で美しい好意だった、男が通り過ぎてしまった類の感情だった。
しかし男は女の手をとることは出来ない。それをとったなら、すべてが崩れ去ってしまう。今までの、耐えることで積み上げてきた女との関係を、崩すわけにはいかなかった。崩せば其の破片はすべて、女へと降り注ぐ脅威となるからだ。
それに、彼女にその溶岩の如き感情は受け流せまい、と男は知っていた。当然であろう、常人に狂人は理解できぬのが、世の常だ。又、同じほどに理解してはいけないのだ、同じく狂気に飲まれてしまうから。
かといって今更決別を選べるほど男はまともでもなかった。既に魂の癒着は手の施しようがなく、ここで女を人生から摘出したならば男は抜け殻になってしまう。狂っていても、虚無は狂気そのものよりずっと恐ろしいものだ。
男 はただただ、女の手という恐怖に震えた。其のときになって初めて、どうして死んでおかなかったのだろうと自分のうかつさを呪った。今となっては執着という にはあまりにも重いものが、差し伸べられる手と言うわかりやすい形で男の前に在り、それが在るとわかってしまったからには死ぬのも惜しい。
では、男自身が死ねぬというなら心はどうだ。心はまだ砕けぬか。其の熱い感情はまだ、心と言う炉を焼き尽くさないのか。自身に問うて、男は知った。
心など当に焼け落ちていることを。
そうして男と言う存在そのものが、ひとつの大きくてどろどろとしたマグマとなり、周囲を焼きつくさんと燃えているのだと言うことを。
こうなってはもう仕舞いだ。何もかもを焼き尽くし、何もかもを失わぬ限りこの炎は消えぬのだ。体はまだ崩れない、周囲への発散は抑えきれない。此れではいけない、此れでは、傷つけたくないというその一心で保ち続けてきた女との距離が、保てなくなる。
では、どうすればいい?
当然のように、途方にくれる男には、救いもなく知恵もなく。
痛みを通り越してもはや引きつるように痙攣する心で、泣きながら、祈った・・・女の狂気を。この思いを共有してくれぬものかと、同じほどの狂気を、乞うた。
愚かな男だ。
そうして落ちたとしても何も変わらなかっただろう、今ならばわかる。
男の願ったことは共存ではなく心中へと続く道だったのだ。誰よりも大事にと箱庭で遊ばせていたその愛を、今一歩違えていればおそらく、男は其の手で殺しただろう。
結局、男は道をすんでのところで選び取った。
男にはそれしか選べなかった、そして、女は最後までそんな男の狂気を、知らぬままだ。

昔話は其れで終わる。
其れを恋と云ったのは女だった。
其れを狂気と嘆いたのは男だった。
絶望のふちで、男は俺に、この俺にだ、泣きながら乞うたのだ、殺人を。
『俺を殺して呉れ』と。
こんなことを頼めるのはお前だけだとも言った。ずるい男だ、自分を殺せる人間を確実に見抜いていた。そうして嘘のように穏やかに、男はこの手で空へ渡り、俺はこのように牢屋にいるというわけだ。ひどい男だ、そう思わないかね。
男はその恋という狂気を、最後に俺に問うたよ。
お前には、此れが何に見える?この溶岩の慣れの果てが。と。
俺は笑うしかない。そうしてひとしきり笑って、まだ答えを待っている男に、一言で告げた。

それは喜劇だと。

そうして男は喜劇に殉じ、俺は喜劇に捕らわれた。女はこの先、この喜劇を思い出して笑い、涙することだろう、なんと愚かで滑稽だったかと。
俺もまた笑ってしまうのだ、思い出す度。こんな薄暗い牢の中で、こんな薄汚れた姿になってまで、親友の俺をそこまで貶めてなお、男が決して手放さなかったあの愛は、なんて愚かで滑稽で、そうして美しかったのかと。
笑ってしまう、あんまり、崇高で。
なあ君よ。俺は今でも思う。狂っていたのは俺も同じだったのではないかと。今も俺は狂い続けているのだろうかと。そうしていつか、あの美しい喜劇まで俺も達するのだろうか、そんなことを、思うのだ。
俺の心にも巣食う溶岩が、其の心という器を溶かしたならば。
其のときは君よ、頼む。俺をためらわず殺せる唯一の君よ。
君も落ちて呉れ。


俺は其れを、疑いも躊躇いもせず、信じている。

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