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幻想の死

初出:2005/11/17
世界に溶ける。

「くるしい」
「なにが?」
「いのちが」



初夏の、君を思い出す。
物憂げに空をにらんで、その青さが気に入らないと、こぼした。
世界に命があふれていて、それが、なぜだか自分の魂を持っていかれている気になるのだ、と君はつぶやいた。

「持っていかれる。私のすべてを、世界が吸収してしまう」
「気のせいだよ」
「そうだったらいいのに」

君は病気をしているでもなく。
けがをしているのでもなければ、取り立てて体が弱いということもなく。
せいぜい、季節の変わり目に風邪を引くくらいが関の山の、いたって健康な人だったから、僕は本気にすることも出来なかったし、だいたい、ばかげた話だった。
世界が芽吹いて命が輝くから、自分は苦しいのだという君が、奇妙に思えた。
世界に生かされている僕たちが世界に吸収されるだなんてありえないと思った。

「・・・くるしい」

光に手をかざしたら、愛しそうに。
淡々とした声が、繰り返した。

「私はじきに死ぬだろう」

夢だと、思った。



世界が君を連れて行ったのだろうか。
世界が君を吸収したというのだろうか。
そんなばかなと思いながら、それでも、現実逃避のように考えた。
この世界に君の命が掬い取られたというのなら、僕は世界をうらむことさえ出来ない。ただ小さな君の手のひらが、冷たくて涙した。
くるしいとつぶやいた君の声は始終穏やかで、どうしてそんな覚悟が出来たのかと今になって痛いほど悲しくて。
ああ、それでも。


今から君が僕の世界になるのだと。
それだけがあまりに悲しい。

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