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蒼炎

初出:2007/9/05
何か映画のイメージだった気がする。
首筋に突きつけられた詰めたい刃は、その冷たさ故に焼き付くようでさえあった。
より 熱い炎は青いという。見上げたところにある瞳に、そんなことをふと思い出しながら、呼吸の音さえ聞こえない。背中に当たる固い床が、小さく軋む。抵抗も悪 あがきもあきらめながら、それでもあきらめきれない何かにすがって、ただまっすぐに襲撃者を見上げていた。憂いを帯びた湖面の青。透き通るほど透明に、酷 く間抜けな顔をして驚いている自分の顔を映していた。
早鐘を打つ鼓動だけがやけに響く。群青に染まり落ちた部屋へ、ささやかな月の光が一筋、差し込んでくる。
襲撃者は、無表情のまま自分を見下ろし、ただその首筋に当てた刃の鋭さを確かめるように、小さな傷をゆっくりと描いた。首筋は一拍遅れで鈍い痛みに襲われる。月の光に輝く白銀の刃があまりに清廉に見えて、それが自分を傷つけたなど、信じられぬくらいだった。


なぜ。


かすれた声はそれだけを紡ぐのに、途方もない時間を費やした。実際、襲撃者が自分の命を手中にしてから今までの間、自分は一言の叫びすらあげることはできなかったのだ。
湖面の青はゆったりと揺らぎ、形の良い唇を小さく動かした。


なぜ?お前がそれを言うか。


そうだ、理由などとっくに分かっていた。そしてこの襲撃を、自分は予測して、それでもそんなことはないだろうと慢心していたのだ。今更なんの言い訳も無駄であることは理解できて、それでもなお、なぜこんなことになったのかと性懲りもなく。
愚かなところは結局変われなかった。
そう思うことで自分をごまかすように、かろうじて息を吸う。
吐く。
覚悟などできるはずがないが、今が絶体絶命で、誰の助けも入ることはなく、おそらくは抵抗の手段さえないことを、知っている。


あいつは、みんなの敵だったんだ。
だから殺した。みんなが喜んだ。


口をついた言葉は吐き気がするほど偽善的。
そうだ。この青の主をみんなが嫌っていて、いなくなればいいと思っていたから排除したのだ。人のものを平気で奪う酷いやつ、誰かを傷つけて笑う最低な。
この手で殺したとき、自分は酷く安堵して。
ああ、これでみんな楽になるなんて・・・


嘘をつけ。
お前は、お前にとって邪魔だったからあの人を殺したんだよ。
みんなの為という理由をつけて。


襲撃者・・・いや、復讐者は淡く微笑を浮かべて断言する。
そうしてじわりと、首にあてがった刃物を動かした。
じりじりと首筋が焼けるような痛みを徐々に全身に広げていく。どうしてだ、人間として最低のものを葬って、賞賛こそされど、なぜ殺されなければならない?
恐怖と怒りで見上げた、青の表情はとても美しかった。
月の光に照らされて透明に、浄化の炎の如く。


誰もがあいつの死を祝ったぞ。


苦し紛れの言葉に、青は小さく笑う。


そうか。
それで?


それで。
だから助けてくれというのは、そうだ、確かにおかしな話。けれど。なぜこの青は、あんな酷いヤツに仕えていたのだろう。どうしてあんな最低のヤツに利用されて、それでも仇をうとうとするほどに慕っていたのだろう。どうして、こんなに透明な人が。
どうして。


あの人がどんな人だったかなんて、見る側によって違うものだ。


青は笑った。


お前にとっては最低だったかもしれない。
お前にとっては酷い人間だったかもしれない。
でも、優しかった。
曲がったことの大嫌いな、頑固なまでに真面目な、口下手で自分を表現することの苦手な、人だった。
お前が今、どうして殺されなくちゃいけないんだと思っているのと同じように。
あの人が殺されなければいけなかった理由など、ない。


パンドラの箱を先に開けたのは誰。
その連鎖していた鎖を途中で手折ったのは。
幸せを崩したのは本当に、向こうだったのか。もしかしてそれは、この手で崩したのではなかったのか。
そうして、存在を消すということが何をうむのか、自分は分かっていたのだろうか。この復讐者は分かっているのだろうか。


俺を。
殺してどうするんだ。


心が一瞬で凪いだ。
自分は間違っていない、間違ったことなど何もしていない。そう信じて行ったことを、今更蒸し返して間違っていましたと反省するような、愚かなことだけはやめよう。
胸を張って人を消したのだ。
胸を張って人に消されるのが筋ではないか。
けれども怖いしあきらめたくはないし、できるならこの復讐者が心変わりしてくれるのが一番いい。そうに決まっているのに。
湖面の青は揺れることなく静かに広がり、瞬いた。
笑っている。
覚悟も理由も何もかも、青にとってはとっくに乗り越えたことであると告げるように。
青は笑っている。





あの人の隣が、定位置だから。
他は欲しくない。


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