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Campanella

初出:2008/6/09
ヴァイオリン協奏曲第2番第三楽章ロンドに寄せて。

弦を震わすその瞬間から、魂は急激に加速して体を通り過ぎてゆく。

小さなその箱を構えるたびに、俺は奇妙に冴え冴えとしている。響かせているのは音なのか感情なのかすら分からない。奏でているのは曲なのか慟哭なのか分からない。ただ、小さなこの木箱が、弓を引くたびありったけの想いを俺にぶつけて、暴れるだけ。
今度弾いたら死ぬかもしれないな、あんまり心が痛くって。ぼんやりとそんなふうに思う楽譜もある。
今度弾くときは泣くだろうな、あまりに嘆きが響くから。悲しいほどそれを実感する譜面もある。
木箱は楽器として響かすことの出来る、最大限の感情を常に俺に要求する。譜面どおりに、指示通りになど、音をくれない。そうしてそれでいいと思う。
譜面どおりの、規則どおりの綺麗な曲ならば、俺でなくてもいくらでも奏でられる人がいる。この感情を、荒れ狂う想いの果てを、音に乗せるのは俺でないと難しい。たぶんそういうことだ。
君の音は型破りだねえと苦笑した音楽の師は、けれど俺にその弾き方をやめろとは言わなかった。
感情そのもののようなその痛々しい演奏を聞きながら、静かにつぅと涙を流して、君の演奏は本当に、と呟いた。こんなにも悲しいラ・カンパネッラを私は知らない。これほど痛烈に鳴り響く鐘の音を、私は聞いたことが無い。
そうはいっても、俺は楽譜から感じるとおりに弾くだけだ。作曲家の指示を全て無視して、自分の感じた感情と、相棒である木箱の巻き起こす嵐を受け止めるだけだ。俺は師にそう告げた。俺のは音楽ではないと。俺のは、ただの感情だと。
そのときのことを、ずっと昔のことだというのに、ふと思い出した。
今、俺の目の前には無言のまま涙を流し続ける一人の人間がいる。
その人は言う。
俺の音が欲しいと。
俺の音を目指してきたのだと。
俺にはわからない。これを目指したことなど無い。ただ、俺にはこういうふうにしか弾けないだけだ。俺は、これが、天命なのだ。
どうして人は、音で泣くのだろう。このちっぽけな掌が弓を操り、木箱が弦を揺らして歌う、それだけだというのに。どうして人は音に焦がれるのだろう、感情を思うのだろう。
俺はこう弾こうと思うからそうするだけなのだ、幾度となく繰り返した答えを、もう一度繰り返す。
そうかもしれない、そうだろう、とその人は言う。
君にとっては、それだけなのだろう。けれども、私にとっては。


これほどまでに、心かき乱すならば奇跡だ。


この鐘の音は。
誰が為に?

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