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さよなら、またね。

初出:2008/8/22
田舎町は切ない。
ああ、いつまでも忘れずにいよう。
君との日々も、君への思いも。



俯いたままの顔にかかる髪が、緩やかな風に吹かれて踊る。
さようならを言えないままの沈黙は、重く沈殿して足元に淀んでいた。
山に囲まれた、田舎の中でもとりわけ田舎のこの町で、二人で過ごした日々はそれでも、決して退屈なものではなく。毎日が、代わり映えしないと笑いながら、それでも日に照らされて淡く光る朝露のように、綺麗だったね。
二時間に一本しかないローカル線を待ちながら、無人の駅のホームに二人、並んで座る。あと少しで来る予定のその電車は、たった二両しかないのに、それでもこの時間帯の利用者はほとんどなく、たぶんその車内には片手で数えるほどの人数しか乗ってはいないだろう。
足元に置いた旅行鞄は、碇のようにその場に沈黙し、まるで僕を行かせまいとするかのようにずっしりと重い。
ポケットに突っ込んだままの切符を上からなぞって、僕は空を仰いだ。
なんて、青い。
隣で君はまだ、地面をにらみ続けている。都会へ行けば時代遅れといわれそうな真っ白の清楚なワンピースが、けれども溶け込むようにしっくりと君に似合っていた。
コ ンビニもない、カラオケボックスもない、おしゃれな喫茶店も、ゲームセンターもない。あるのはただただ大地を包み込むような山々と、時間の流れすら緩やか にするような雄大な川。濃い緑色の景色に、溶け込むように暮らす人々。年々減っていく子供たちに、年々年老いていく町の大人たち・・・閉ざされた宝石箱の ような、所だった。
電車で二時間もかけなければ、デパートにさえいけなくて。欲しいCDがあったなら取り寄せるしかないし、流行の服など着たっ て、ここらじゃ浮くばかりで。遊びといえば山を探検したり、釣りをしてみたり、冬場は雪遊び、夏には川遊び。時代の流れにぽつんと取り残されたような、そ んな、綺麗な、町だった。
開け放った玄関から、隣人が勝手に上がりこんで、畑で取れたといって野菜を置いていくのが当たり前のような平和なここから、僕は今日、旅たっていくのだ。時間の流れの違う町へと。
都会の空はこれと同じなんだろうか、なんて、ぼんやりと思ったりしながら、隣を伺う。
君はまだ俯いたままで、膝の上でスカートを握り締める両手に、少し力をこめたようだった。
彼女は、ずっとここに残るのだと、前から言い続けていて。
その言葉のとおり、地元の学校で事務の職を得たばかりだった。
町 中の子供たちが顔見知りという狭い狭いこの町で、こうしてここに残るのは彼女を含めて数人しかいない。高校卒業と同時に一気に子供たちが減って、残った数 人もタイミングを見計らっては旅立っていく。僕も、一度失敗した大学に秋季入試でようやく合格し、この9月からは都会の大学生になる。
いつか、また、帰ってこれたら。
それはまるで素敵な夢のようで、心が痛くなる願いだけれど。
つまらないところだと思っていたけれど、こころから退屈したことは一度もなかった。何にもないといつも言っていたけれど、探せば何かしらあることは知っていた。一度だって、ここを嫌いだと思ったことはなかった。
遠くから鈍い音を引き摺って、二時間に一本の電車が近づいてくる。
立ち上がった僕を、君が顔を上げてようやく見上げた。
太陽に照らされて淡く輝く朝露みたいに、瞳は今にもこぼれそうな涙を湛えて。
思えばずいぶんと一緒にいたね。
君には迷惑をたくさんかけて、同じくらいかけられたっけ。
大雨の日も、吹雪の日も、真夏日だって、君がいるなら楽しかったよ。
ありがとう。感謝している。君と過ごせた日々は、大事な宝物で。
だから。
ゆっくりと走ってきたローカル線が止まって、ボタンを押さなければ開いてもくれないドアを開けて。一歩、踏み込めば二人の道が、そこで完全に違える。今でも小さく、それを躊躇っている。
足を、古いばかりでクーラーすらついていない車両に、踏み入れて。
ブゥンと天井で扇風機が回る音がかすかに響いた。車内は予想通りにがらがらで、2・3人の影が見えるだけだ。
君は最後まで何も言わないまま、ただ僕の目の前に佇んで、必死で涙をこらえている。さようならを言う勇気は、僕にも無い。
のんびりと、車掌が笛を吹く。
ドアが音を立てて閉まる。
完全に君との世界が隔たるその刹那、ようやく、君の唇が声を奏でた。


行ってらっしゃい。


祈りのようなその言葉を、僕の耳は思った以上に喜んで。
閉ざされたガラスの向こうで、君が微笑む。いつだってその笑顔があるならば、なんだってできそうな気がしたんだ。太陽に照らされて、頬を流れる涙が宝石みたいに光を帯びた。
ああ、君はいつだって。
そうやって綺麗だった。


行ってきます。


もう聞こえないかもしれない言葉を、君に返す。動き出す電車を追って君が歩き出して、僕の唇の動きで言葉を拾ったのか、何度も繰り返し頷いた。
白いスカートを翻して君が駆ける。
ホームを越えて田んぼのあぜ道まで追いかけてきたその足が、電車の速さについていけなくなって止まるまでずっと、繰り返し君が奏でる言葉に、僕も何度も頷いた。


行ってらっしゃい。行ってらっしゃい。帰ってくるのを待ってる、ずっと待っているから。


それは走る電車の、古びた騒音にかき消されて全く耳には届かないのに、それでも心には届いてきて、何度でも響いて。
緑の景色が流れていく。駆け回った田んぼのあぜ道、せみの抜け殻を探したとうもろこし畑、ふざけて落っこちて、酷くしかられた用水路、トタン屋根の農家、道路をのんびりと走っていく、トラクターの影。
ああ、そうだ。大切なことを言い忘れたね。
ガラスにべっとりとあとがつくほど額を押し付けて、流れていく景色を見つめながら、視界がだんだんと滲んでいくのが、むしろ温かかった。



君が大好きだと。
次に、会うときには、きっと。

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