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ふわり

初出:2006/03/29
春の、ほのかな恋心。

やわやわと遠ざけてきたさようならを。
終に満月の夜、君がこぼした。



花見をしようと言い出したのは君のほうだった。夢みたいな花霞の昼下がり、二人だらだらと山道を行く。
春だねェとつぶやいたなら、君はそんな小さな声を拾いあげて、そうだねと目を輝かせた。そんな二人きりの昼下がり。
ふと並んで歩いた拍子に指がぶつかりあれば、その指先の冷たさに驚く。思わず反射的にそれをつかんでにぎりしめれば、自分の何倍も驚いた様子で、君は立ち止まった。
つられて歩を止め、しばし気恥ずかしい沈黙。
あのさ、言葉が足りないっていつも言ってるでしょう。照れたように笑うので、心はふわり。
すみませんね、生まれつきです。ふわふわをもてあまして、そのまま歩きだした。言葉を全部忘れたみたいな沈黙は優しい。冷たい指先には、自分の体温がじわり移る。
温度だけでも、残せたならそれは幸い。自分には、この人にあげられるものが少なすぎるので。せめて時間くらいはたっぷりと、そんな小さなことくらいしか出来ないでいるのだから。
ふらふらふわふわ、桜の道を行く。
両手にあまる幸せに、うっかり生まれたことを感謝するところだった。
だめだなあ、昨日の夜にくらったダメージ、もう癒えそうになっている。素直すぎる心はつないだ手にただただ愛を。
馬鹿だなあと君はついに沈黙をやぶった。呆れたように、愛しむように。こんなことしてるとホントに後から痛いよ、と。
うん、と答える自分の声は、春の風と同じくらいにあたたかい。もうこれ以上は痛みようがないかもね。
そして、二人して笑った。
これが最初で最後。昨日打たれた終止符の余韻にしがみついてる。まるで宝石箱のなかを覗き込むみたいに、きらきらした世界だ。
本当は会う度、これで終りだと思ってた。だって元々髪の毛みたいに細い糸でしかつながれない恋だった。きっと最後と思いながら時を捧げた。明日忘れられても自分は忘れないよう脳裏に刻んだ。
尊敬のような、何の欲もない、着飾るように美しいだけの想い。言葉にしなくても、こんな脆い気持によりかかれるなんて二人とも思っていなかった。
だから、ずいぶん続いたものだとすら思う。ふわふわ、こんなにたくさん会えて、嬉しかったし悲しいね。
桜の道に、足跡さくり。
君の人生にもきっとうっすらと、この足跡が。
繋いだ手はすでに同じ温度。境界線なんかないみたいに曖昧な僕たち。
昨日の夜、淡々とうけとめた終止符を、喉元に出かかった言葉と一緒に飲み込んだ。
山頂まであと少し。
たぶんそこまでいったら、さよなら。
緩やかな歩調を壊して立ち止まる。あからさまな時間稼ぎはそのまま君に伝わり、仕方ないなあと君が笑った。すみませんね、往生際悪いんです。言い訳だけを口にして、道の先をながめる。
あとほんの少しで、この手を離さなくてはならないこと、それが痛くて。
この人にたくさん注ぎこんだはずの時間が足りないような気がして、だから。
少し時間をください。別れは取りあえず受け入れるけど、そのあとは自由だし。
繋がったままの境界線、離さないよう。


今から死ぬ気で口説くから。


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