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最後の夜

初出:2006/03/09
何もかも、無駄ではないのかもしれないね。

言葉など無駄だった。叫びなど無も同様。
それならば何故叫んだ。何故繰り返し言葉を吐き出した。届かないと知っていたならば、どうしてあきらめなかった。結果届かないことを、どうしてあんなにも悔やしんだのだ。
最初から覚悟していた結末ならば。
痛みは、どうして鈍らない。

どうして。

状況を的確にあらわすならば、絶体絶命。
そんな最後の夜だった。
どちらにしろ最後の夜だった。
まいったなァと息をついた君の笑顔も、空っぽにあきらめたまま。
倒壊してぼろぼろに崩れたビルの残骸に寄りかかったまま、上空を見上げれば戦闘機。ゆっくりと旋回するその姿は、どちらかといえばのんびりしているのに不気味な戦慄を突きつける。
次は死ぬと、覚悟した。
小さな国々が連なる大陸で、隣の国を自分の国にするための戦争が起きることは、もはや必然だったのだから、これは誰の罪でもない。
ただ罪があるのだとしたら、それは、きっと自国ばかりは安全だろうと慢心していた国民にあるのだろう。滑り込んだ罠に気づかない、その愚かしさこそが罪だった。
そうして、みんな。
罠に食われた。
吸収するのに人間は要らないと隣の国王は告げた。土地だけほしい、人口増加にあえぐ隣国の切実なる願いは、そうして残忍な牙となる。
それを非道だと、人の道を外れているとは思わない。人の生きる道は全て、取捨選択だ。その規模が大きかっただけ。国王は、人より大きなものを背負ったのだから、きっとその選択は何かの救いにはなるのだろう。俺たちの救いにならないだけで。
まいったなァと、隣で君がもう一度つぶやいた。
それだけが、音。
焼け焦げた町で二人きり、逃げられないままでいる。
絶望的な夕暮れで、きっともうすぐ絶望の夜が来る。
もう一度あの闇がきたら、次に光を見ることはない。それはまるで、自分がここにいるのと同じ位に確かな、現実だった。
瓦礫だらけの市街地に逃げたのは、川辺が目も当てられない惨状だったからに過ぎない。爆発は火事を呼び、火事は人を水に走らせる。ただそれだけが真実で、その真実は酷かった。
救いのないコンクリートの通りは、救いがないからこそ静まり閑散としている。その何もなさだけが、俺たちには救いだったのだ。
どうせならば綺麗な夕暮れが見たかった、と君が隣でつぶやく。感動するくらい綺麗なのをと。くすんだ赤は暗い雲に阻まれ、味気ない夕焼けはすでに夜に追い払われそうだ。
俺は、そんなもんだろうと。
酷く凍えた心で星を待った。
隣では何度目かのまいったなァが、ひんやりとした空気に淡く消える。
手持ち無沙汰の俺たちは、死へのカウントダウンを忘れようと、覚えられないほどどうでもいい会話をさっきから何度もつぶやき合った。
そういえばなにが参ったのかと問えば、君は滲むように笑って。
最後なんだからやりたいこととか言いたいこととか、たくさん思いつくと思ったんだ、とひざを抱えた。
俺もだよ、と同意して同じようにひざを抱える。他の会話は全部流れて思い出せないけれどこの言葉はちょっと引っかかったみたいで、いつまでも消えなかった。
希望など抱けないほどの絶望が隙間なく敷き詰められたこの空間で、夢を見ることも望まない俺たちは潔いのか淡白なのか。
どうせ最後の夜なのだから、こんな体使い切ってしまえば良いのに、夜が近づくほど体は、小さく縮こまっていく。
まるで使い古しの固形石鹸みたいだね、と君が笑う。なくそうとしてもなかなかなくならなくって、他の大きな石鹸にくっついてしぶとくいつまでもそのままなんだ、と。
おかしな話だと、二人で笑った。
石鹸みたいに溶けて消えることが出来るならどんなにいいかと、言いかけて止める。
地獄という名のお湯に混じって、それでも溶けることが出来なかった俺たちだ。いい加減、この命もしつこすぎる。そのしつこさを何よりも、嘆いているのは俺たち本人なのだから。
紺色のヴェールを一枚一枚重ねるように、夜が静かに舞い落ちる。
遠くに響く飛行音を、意識して聴覚から追い出した。
これは何の過ちでもなく、誰の罪でもなく。ただ記憶に切り付けるだけの、灼熱の記録となるのだろう。
その熱で俺たちは、強制的に溶かされる石鹸ということか。イメージした姿があまりに滑稽で、少しだけ笑えた。
肌寒い空に、待ち続けた星がともる。
人は死んだら星になるなんて、随分とロマンチックな言い回しを思い出した。そんなものにならなくていい、目に見える存在で残りたくはない。姿なんて崩れていく概念だ。それならば温度で、この熱でだけ、覚えていて。
最後の夜が、始まった。
そしてきっともうすぐ、終わるだろう。
星の瞬きをかき消すように、無数の影が空にたむろう。それを怖いとは、もう思わない。けれど、あれは強い。
あのさ、と君がつぶやいた。
死ぬのが怖い? と、小さく。
俺は黙って首を振ったきりで、いつか見た黒曜石に似ている君の瞳を見返す。
そっか、と君は安心したようにつぶやいて、立ち上がった。
最後の夜の中で、深呼吸をする。
遠くで轟音が巻き起こった。
生まれた音は、町を食らって人を食らっていく。さながら獣のように。

あのね、すきだよ。

瞬間。
聞こえた声に、愕然とした。
君を振り返る。白い体は灰色の町を走っていく。さっきまで隣にいたその背中は、せまり来る獣に向かって遠ざかる。
まさか、そんな。でも知ってた。さすがに卑怯だろうと思った。悪態をつきながらついでに自分の情けなさも呪っておいた。だってそんな言葉になにができる。
けれども、足が爆音に向かって君を追う。だって、伝えることが言葉に与えられた唯一の役目で、能力で、可能性で。
だから。
叫んでも叫んでもきっとどうにもならないことは知っている。それでも叫びたい衝動は無駄ではないと信じて、言葉を吐き出してきた。そんな希望すらもつぶされるこの状況で、それでも君は言葉を信じたのか。
どうして。
信じられるのか。
音が何もかもくらい尽くしていく。
君だって分かっているんだろう? 言葉など無駄だった。叫びなど無も同様。
それならば何故叫んだ。届かないと知っていたならば、どうしてあきらめなかった。
仮に、届いたとして。
その言葉が美しいほど、結末の悲劇性を高めるだけじゃないか。それを、君はあのタイミングで。まるで見計らっていたかのように。
最後の夜だというのに。
どうしようもないくらい、最後の夜だというのに。
前を行く背中とはあと二メートル。手を伸ばせば、細い腕を捕らえた。
この、暖かな体温を伝える物質が君という人の一部であるのならば。それは愛しいもの以外の何にも、なりはしないというのに。
今はその愛しさが、ただただ途方もなく軋んで、痛む。
失うことは覚悟していたし、無くなることも覚悟した。では最初から覚悟していた結末ならば。
痛みは、どうして鈍らない。
どうして。



うん。



力なく。
けれどもそれを、もしも一瞬でも、君が理解してくれるのならば。
きっと大事な人を失うことになれる瞬間など永遠に来ないし、どんなに無駄とわかっても言葉でしか伝えられないものが多すぎるこの世界だから、
だから。




おれも、すきだ。




だから。
それ以上、いらない。

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