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シロナガスクジラの午後

初出:2006/02/22
たまには明るく気楽な話を。
光が、多面体のプリズムを量産していた。


凪は、何かの本で、「シロナガスクジラの親子が泳ぎまわれるほど広い」と空間を表現した言葉があったのを思い出した。そのときは童話のような表現だと思ったが、こうして実物を目の前にすればなるほど、それは非常に的確な表現なのだと気づく。
まさに、シロナガスクジラの親子が泳ぎまわれそうな広さ。
メ ディアはよく、こういった広い空間を表すのに「東京ドーム何個分」という表現を使うが、あれは非常に不公平な表現だと彼女はいつも思う。少なくとも、彼女 のように東京ドームに足を向けたことのない人間には全く優しくない。アナウンサーは、司会者は、解説者は、東京ドームの広さを知らなければ日本人ではない とでも言うつもりなのかと、聞くたび腹立たしいものだ。
それならば彼女には、シロナガスクジラの親子のほうがよほど好ましい。それならば、実物を見たことのない人間のほうがはるかに多いのだから、その言葉をきいた全員がイメージの中でしか大きさを比較できない、という点で、とても公平ではないか。
冬と冬の間に春が無理やりねじ込まれたような温かい日差しを全面に受ける、分厚いガラスの壁が、入り口から向かって右側にそびえ立っている。
中央には小さくて静かな噴水がぽつんとおいてあり、色とりどりのソファがホール全体にランダムにばらばらと設置されていた。芸術的といえば聞こえがいいが、いまいちまとまりがなさ過ぎて、凪には好ましくなかった。
「凪姉、ここって、なに?」
隣で、大きいなア、とつぶやいていた従兄弟が、思い出したように聞いたので、答える。
「なんにでもなるんだよ」
「特に決まってないってこと?」
「多目的文化ホール、っていうんだから、多目的なんだよ。あるときはコンサート会場、またあるときは芝居小屋、稀に展覧会なんかもあるらしいし。何にでもなるし、それはつまり、何でもないってこととイコールだけどね」
今年の春から高校生になる凪の従兄弟は、尋ねつつも本気で答えてほしかったわけではなさそうなので、適当に答えた。
「ふうん・・・隙間なく人間を詰め込んだら、何人くらい入るかなあ」
適当には適当でもって答えるのが流儀とばかりに、そんなことまで言い出す始末だ。
「平面に?それとも立方体に?」
「もち、立方体だよ。予想できる?」
「数えたくもない数だろうから、無数だ」
言ってから、今のはあまり気の聞いた受け答えではなかったと、凪は小さく息をつく。
「ああ、数え切れない数は全部無数で、数えたくない数もまた無数かア」
従兄弟もあんまりうまい言い回しではないと思ったらしいが、軽く流された。
「奏」
ソウ、というのが従兄弟の名前らしい。凪は、そっけなくその名を呼ぶことで、止まっていた足を動かすことに成功した。
床はスキーでも出来そうなほど光り輝いて曇り一つない。そんなホールを突っ切って、ガラス張りのエレベータを目指す。全体的に暖色でまとめられた空間に、異質なほど寒々とした青い箱が、高速での上下運動を繰り返しているのが目立つ。
「それにしても本当に、意味なく広いなあ」
奏は、ホールの中央当たりに差し掛かったとき、もう一度きょろりと全体を見渡して、最後に二階からにょっきりと突き出ているガラス張りの通路で視線を止めた。その向こうは、これまた巨大なショッピングモールとなっており、流行のブランドショップが立ち並んでいるらしい。
「こんなの作るより、この面積に植物植えて、公園にしてくれたほうが俺はよかったな。少なくとも今より地球に優しいよね」
「人間に優しいってことは、自然に厳しいってことだよ」
「少なくとも、俺には優しくないなあ」
プラネタリウムが見たいと言い出したのは、この従兄弟のほうだった。凪は半分押し切られる形でここまで案内したというのに、言い出した本人はこの建物が気に入らないらしい。
全く我侭な少年だ、と凪はため息をついた。
そりゃあ、自分だってこんな、カラフルな建物はあまり好きじゃない。それでも、もしこれが逆の立場・・・自分が行きたいといってつれてきてもらったのだとしたら、きっと今のような嫌味は口にしないだろう。
「いいから、ほら、最上階」
「うん。・・・このエレベータってなんか、浮力確かめる実験のときに、空気圧で浮かせたスポンジ思い出すね」
「分かり辛い例えするよね」
「え、分かり辛かった?」
意外だ、というように目を丸くされたので、凪は肩をすくめて口元を吊り上げるだけの苦笑を向けた。少なくとも、彼女にはあまりなじみのない表現だ。
奏の言うところの、『浮力の実験で浮かせたスポンジ』が、音もなくするすると上の階へ上っていく。外側は色のついていないガラス張りになっていて、高所恐怖症の人間を地獄に叩き落すかのような景色が無機質に眼下に見えた。
幸い、平日の昼間だからだろうか、人は多くない。二人の乗ったエレベータは、途中どの階にも止まることなく目的の最上階へと滑り込んだ。
「・・・上から見ると、ほんとに、あの空間って無駄に思えるな」
まだぶつぶつと言っている従兄弟に、わざとらしいため息をぶつけて、凪はその服を引っ張った。
「ほら、チケット買おう」
「ああ、うん。・・・プラネタリウム作ったことだけは評価しよう。俺に優しい」
「奏の基準はそれだけなの?」
「うん、まあ、70%くらいは。あとは水族館があれば文句なかったんだけど」
薄暗いところが好きなんだよね、とつぶやいて、一歩先を行く従兄弟の背中が、妙に子供っぽく見えて思わず微笑がもれた。同じことを自分も考えたことがあるだけに、こればかりは賛同だ。
「あの空間に水を入れたら、どのくらい入るかな。大水槽にして、そうすれば大きな魚も連れてこられたよね」
「うん、そうだね。私も水族館が出来ていたら、きっとここが好きになっただろうな」
「シャチとか、ジュゴンとか・・・ああいう大型の魚がいいなあ」
つぶやきながら、暗闇のプラネタリウムへと入り、適当な場所に並んで座った。開演まで五分、タイムスケジュールは知らなかったが、タイミングがよかった。
「ついてるね、凪姉」
こそりと笑った従兄弟が、わくわくと待ちきれないように天井を見上げると同時に、アナウンスがこれから開演するという前口上をはじめる。
座席に人はまばらで、埋まった席は4割というところだ。もちろん大人ばかりで、とりわけ男性が多いのが、凪の目には面白かった。
上演開始のブザーが鳴る。
その音が、この建物に足を踏み入れたとき連想した動物を、またしても記憶に呼び起こした。
「・・・シロナガスクジラ」
それが特に好きというわけではないけれど。
今まで特にその動物にこだわったことも、ないけれど。
なんとなく隣の我侭な従兄弟の耳に入れたくてつぶやけば、彼は思ったとおり、不審な顔で彼女を振り返った。
「クジラ? ・・・ああ、水族館の話?」
彼女が狙ったよりは、従兄弟の驚きを誘えなかったようだ。
奏は不思議そうにしながらも、どこか納得したように二度うなづくと、目をぱちぱちさせながらゆっくりと微笑んだ。
「ああ、いいなそれ。光の海を泳ぐクジラかあ。あのくらい広ければ、シロナガスクジラの親子くらい泳げそうじゃないか」
弾むような声が、あまりに楽しそうだったので、凪は思わずつられて笑った。きっとこの従兄弟の頭の中では、今頃あの空間は水に浸され、シロナガスクジラの親子がゆったりと漂っていることだろう。
「・・・奏」
「うん?」
「あなた、シロナガスクジラなんか見たことあるの?」
プラネタリウムの中に、今まさに星が映し出された。
きらきらと瞳に星を映しながら、従兄弟は適当に答える。
「ないけど。似合いそうじゃないか」
「ふうん」
適当には適当で返して、自分も星を見ることにした。凪だって、シロナガスクジラを見たことがあるわけではないのだ。だた、本の表現を思い出しただけで。
ちょっとむくれた凪の気配を感じたのか、従兄弟はフォローのように付け加えた。
「確かにクジラが泳げるくらい広かったもんな、あのホール。東京ドーム何個分とか言われると、東京ドームの広さなんか知らないよって、不公平な気分になるけどさ。クジラが泳げる広さっていうのは、誰もがイメージすることしか出来ない分、公平だよね」
さらり、と言われたその言葉に、彼女は。
「ん、なに、そんな笑ってどうしたのさ?」
「いや、もうなんか、私達ってアレだよねえ」
「アレ?」
「似たもの同士って言うか、ほんとに」
何故だかうれしくて、楽しくて。
「似たもの同士・・・て、バカだなあ」
従兄弟はそんな彼女の笑顔に、心底不思議そうに肩をすくめる。
「俺と凪姉ほど思考回路が似てる人間なんか、他にいるわけないだろう。イモリとヤモリくらい似てるんだから」
その例えがあんまりバカらしくって、今度こそ声を立てて笑ってしまった。
静寂のプラネタリウムで、とがめるような視線にあわてて口を閉ざす。
「預金と貯金の違いよりましだね」
「だろ?実は迷った。もしくはGショックとCショック」
「あなたバカでしょう」
「お互い様」
気づけば、笑いは絶えることなく。
とりあえずは施設のアンケートに、二人そろって意見を書くことに決定。


『ホールにシロナガスクジラ所望』


天井からつるされた可愛らしいクジラのオブジェに、従兄弟が爆笑するのは、また後日の話。


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