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ファベル

初出:2006/03/03
作る人。あるいは神様になりたかったのか。

作って、作って、壊しつくした。
どれほどの孤独だったのかは知らない。
ただ、彼が求めたものは、彼に与えられることなどなく。
彼もまた、それを知ってなお、求め続けた。
それだけの。
悲しい話。


ファベル・・・『作る人』といわれた男がいた。
彼は作ることに関しては天才だったかも知れず、万能だったかもしれない。
けれども。
それ以外に、何も持ってはいなかった。


薄闇のベールが一枚はがれたように、濃紺の空が一段、色を淡くする。
そろそろ光が溢れる頃だろうか、男は背伸びするように見上げた空から、ゆっくりと視線を手元に戻した。
一日が洗われる日の出の時刻が、一番「つくり」易い。男は生まれながらにそれを知っていたけれど、うんざりするほど繰り返した日課を今日も繰り返すのかと思うと味気なさにため息をついた。
「ファベル、いかにもつまらなさそうだな」
横合いから茶化したような声がかけられても、男――ファベルは、少しの注意も払わない。なぜならその茶化した人物こそ、彼がこの世で最も疎ましいと思う人間だからだ。
「左様、左様。この男には作れないものなどないのだよ、そうだろうとも。だが・・・その作るという行為は、一体、睡眠時間を削ってまでするようなことかね、ファベル? 君の能力など誰もが知っている。奇跡は稀なほうがいいと思うがね」
「黙れ、狂人」
舞台の役者にでもなったつもりなのか、朗読をするように大声で話すその男に、ファベルは一瞥もくれないまま言葉だけで鋭く切りつけた。
「こんなものは奇跡でもなんでもない。失せろデメンス」
デメンス・・・『狂った人』という名を持つ、背の高い男は、一見優しげな柔和な顔つきに皮肉そうな笑みを浮かべて、これはこれは、と肩をすくめて見せる。
「作 る人は不機嫌とみえる。それはそうだろう、君は昨日、長らく横においておいた人形を壊したね。そうだ、君の作ったあの、人間に似せた作り物の人形だ。君は 随分とあれを気に入っていたように、そう少なくとも周りには、見えたが。どうやら君は誤解をしたんだろう。想像するに完全な人を作れたと、うぬぼれたの か。ともかくあの子は・・・可愛い外見をしていたが、人間ではない。君の作った「物」だった。それに傷ついたのか? 今更のことだというに」
「黙れ」
押し殺したファベルの声は、デメンスの耳にも届いた。
言われたとおりに黙りこんで、しかしデメンスは微笑みのまま、役者のような大仰な手振りで空を仰ぐ。
「見よ、世界は生きている。しかしお前の作るものに命が宿ることはないと、いい加減に気づきたまえよ」
気づけというのだったら。
もう、とっくに。
しかしファベルはその言葉を飲み込んだ。それは禁句だ。絶対に口にしてはならない、とくにこのデメンスの前では。
突然高らかに笑い出すデメンスを無視して、ファベルは全ての器官をこの鬱陶しい男から引き剥がす。手元に集中すれば、体中の血液が逆流するかのようにびりびりとしびれた。
イメージする。
ただ、それだけでいい。
ファベルにはそれを作る能力がある。それは、特別な、彼にしかない力。

特別な土地であるこの『ミュトス』には、伝説のような人間だけが住んでいた。
隔離されている、程度の話ではない。
はっきりとした意図を持って、その土地は隠されていたし、住人達も隠れていた。人は本来群れる生き物だ。だから、異端のものはその中で自由に呼吸することは叶わない。
彼らはみな、それを生まれながらに知っている。

鈴を、イメージした。
リィン、と風のような涼やかさで鳴るものだ。あまり光らない、渋めの銀がいい。手のひらに収まるくらいの大きさで、そう、丁度人差し指と親指でつまめるような取っ手がある。
シンプルなシルエットの、鈴を。
「そ う、イメージすることは作る人にはたやすい作業さ。実にたやすい、この私が狂っているのと同じくらいのたやすさだ。そのたやすさで生み出されたものが、な にになるのだね、ファベル? いい加減に君は気づいたほうがいい。それには意味などないし、君のほしいものはその方法では手に入らぬよ」
「・・・!」
パリィン、と。
酷くうつろな音をたてて、ファベルの手のひらの中で鈴が砕ける。ぎりり、と唇をかんだまま、ファベルはデメンスに一瞥をくれると、そのままきびすを返した。
あんな男にかかわるな、と彼の本能が言う。
あれは危険だ。
狂人なのだから。
「逃げるのか、そう、よかろう。それも道」
なにがおかしいのか、背中にデメンスの言葉がつきささる。人を馬鹿にするような笑いと一緒に。
「私はお前の不幸がまんざらつまらなくないのだけれどな。人は不幸でいいのだよ、私のように」
不幸なものか、あの男が。
いつでも笑っているではないか、狂っているのだから。では何故狂っている男の言うことなど、こう真に受けて悔しい思いをしなければならない。お前はどこかで、その狂人の言葉を信じているとでも言うのか。ファベルは自分に問いかける。
信じているとでも。
理解しているとでも言うのか。

「道などないよ、ファベル」

鮮やかに微笑みながら、デメンスが叫ぶ。

「道などない、私たちは異端なのだ。生まれたときから間違っている、道をたがえている。それなのに何故、人であろうとするのだ、ファベル! お前は人を求めてはいけないのだ。そうしている限り道など、お前の望みをかなえる道などない!」

うれしくてたまらないとでも言うように、叫ぶ。笑いながら、涙をためて笑いながら、デメンスが叫ぶ。
痛々しくて、見ていられないのにどうしてだろうか。いつの間にか立ち止まって、ファベルはそのデメンスの狂気じみた笑い声を聞いている。肩越しに振り返って、首が痛いのもかまわずに、馬鹿のように笑うデメンスを見て。
生まれたときから異端。
そんなことは知っている。知っているけれども、それでいけないというのはあまりにも。
あまりにも、不公平ではないか。
「黙れ!」
「いやいや、本当に黙ったら困るのはお前だろう、ファベル? お前に話をする人間がここで私のほかにいるかね。そうだ、誰一人! お前は異端の中でも異端なのだよ、わからないのか! 分からないほど愚者でもあるまいよ!」
「・・・っ!」
「こ こにいるような連中はみな知っている。自分がどれだけ人と違うか、みな生まれながら理解している。その中にいてお前だけが、どうしてか、人と同じに焦がれ ているのだ! 愚かなこと! あまりにも、あまりにも、悲しい事だ。お前は異端だ、どうしようもなく、寸分の隙もなく、髪の毛の一本に至るまですべてが異 端なのだ!」
これは酷い、とファベルは思う。
酷い侮辱だ、なんという暴言だ。
しかし、反論は一言だって出てこなかった。それは全て事実で、どうしようもないほど彼の中では確かなことだったから。
「ここで、お前が求めたのは無二のもの。しかしそれは、異端であるわれわれには手に入らぬ。分からぬか、ファベル? お前の行き着くところは俺だ」
ひたり、笑い声が止む。
デメンスの瞳がゆらりとうごめく大蛇のように、ビリビリとファベルの神経に障った。

「お前は狂うほか道がない」

鋭利な刃物で心臓を貫かれようとも、これほどの痛みは感じまい。
怒り狂ったような目で、ただ吐き出すようにそう断言されて、しかし鈍った頭はなにも反論をたたきださず、そして。

「覚えていろ、お前は俺になるのだ」

デメンスは、また笑い出した。
大きな声で、苦しいとでも言うように、笑う。
俺は、あれに。ファベルは呆然としたままその狂人の笑いを聞いている。あれに。狂った人に。この、俺が。

「ふざけ・・・」

怒鳴れないまま、ファベルは口をつぐむ。
狂うしかないというのならば。
そんなことは。

生まれたときから、知っている。

作って、作って、壊しつくした。
自分の作った物には求める姿がない。それなのに作り続けたのは、いつかひょっとしてと思ったからだ。どういう偶然でもいい、奇跡というのならそれでもいい。もしかしたら本物が生まれるかもしれない、それだけが希望だった。
薄すぎる希望。
しかしないよりはましだと言い聞かせ、今まで作り続けて、どれ一つ本物になりえない。姿かたちはなるほど、本物らしいのに。
中身が、まるで違う。
ファベルとして培った能力は、つまりそれだけの小さなものだったのだから。
壊すたびに心も少しずつ壊れ、いまや危うくバランスをとりながら、ジェンカの板を抜くような危険にもなれた。このまま壊れ続けたら、そう、狂うのは時間の問題だろう。
だから。
恐れた、卑下した。自分の行く先であるこの男を。
嫌った、のろった。認めてしまうわけにはいかなかった。なぜなら。
認めたところから、心は一気に崩れる。
生まれながらにそれを、知っていた。
「認めたまえよ、作る人。楽にはならぬ。夢と一緒に灰になれ」
笑い続ける狂った人の頬に、大粒の涙が零れ落ちた。そして、ぼろぼろと泣きながら笑みを作って、言葉をたたきつける。


「いい加減、くたばってしまえ」



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