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ヤコ

初出:2007/8/06
猫が好きです。


もう今、最高に泣きたいんだよ。


落ち込んだときにこっそり隣に座っている、ヤコはそんな猫だった。
おとなしくて懐こくて、撫でてやればおとなしく目を閉じてごろごろ言ったし、撫でて欲しいときは黙って待っていれば背伸びして鼻先を舐めてくれるような、聡い猫だった。
猫はみんなそうだっていうけれど、ヤコは100%の確立で、猫好きと猫嫌いを見抜いた。人間の感情のよしあしさえも、見抜いていたような気がする。
ともかくなんかぽっかり暖かい、ヤコはそういう猫だった。
鈴を持たない生粋の野良で、食べ物なんかはよく、こっそりと半分こした。それでも俺の好きなおかずは絶対に食べないで残してくれるような、そんな不思議な猫だった。
いつもふらっときてはふらっといなくなるけど、会いたいと思ったときには絶対にきてくれる、そういう、素敵な、猫だった。
ヤコ、と最初に呼んだのが誰なのかは知らない。
俺は八百屋のおっちゃんがそう呼んでるのを聞いてから、そう呼ぶようになった。うちの家族は俺からその名を学んだ。近所のガキ達は、それぞれの親から聞いただろうし、向かいのじーさんは孫から教わったとか言ってた。
ともかく、ヤコは野良だったけど、この当たり全部の家の、家族だった。
ヤコは真っ黒で。
ヤコはおとなしくて。
ヤコは懐こくて。
ヤコは。
だから、今は酷く泣きたい気持ちで。
かろうじてキープしているなけなしの自尊心が必死で涙腺を引き締めるけどそれもいつまで持つか。
呆然と佇んだ川べりの砂利道。

横たわったまま、ヤコはもう動かない。

愕然とするくらいに。
殴打されたあとが生々しい。凶行はヒトの手によって行われたもので違いなかろう。
ヒトに慈しまれ。
ヒトに愛されたヤコは。
ヒトによって殺されたのだ。
酷い、酷い、心の中で繰り返される無限のループ。こんなのは最低だ、俺の、愛する、ヤコを。
震える手で上着を脱ぐ。生ぬるい夕暮れの空気を泳ぐように、ぐったりとしたその黒い躯体を拾い上げた。
真っ白のシャツに黒々とした血の色がじわりと。
ああ、本当に、今。大声で恥も外聞もなく、泣いてしまいたい。
ヤコ、ヤコ。
ごめんな、痛かっただろう。辛かっただろう。俺が辛いときいつだって傍にいてくれたのに、俺は辛いとき傍にいられなかった。
ヤコ、ごめん、ごめんな。
ヒトを恨んだかな。それともお前は、最後まで恨まなかったかな。
痛いって泣いたかな。それともお前は、痛くても泣かなかったかな。
俺は今酷く悲しいよ。
ヤコ。お前のことを愛した人間がたくさんいるんだ。だから、お前にはヒトを恨んで欲しくないんだよ。大好きと、大好きだけで、どうして世界ってモノは回らないんだろうな。なあ、ヤコ。
ヤコ。
お前を忘れたくないんだ、お前が大好きだって忘れたくないんだよ。でももう、お前の鳴き声が思い出せないんだ。
抱きしめた小さな躯体は軽い。
寝転んでいるおなかによじ登ってきて、ころんと丸くなった姿が思い出された。あの時は、お前、もう少し重かったじゃないか、ヤコ。
ヤコ、ヤコ。なあ、ヤコ。
お前はヒトを恨まないでくれよな。俺が、お前の分まで恨んでやるから。お前は。あったかいままで、日向みたいなままで、ずっといてくれ、な。
ヤコ、俺、馬鹿みたいだろ。
今年一番の感動作でも、手痛い失恋のあとでも泣かなかったよ。でも今は酷く泣きたい。
背中にお前が寄り添ってたこと知ってたよ、だから、俺の涙はお前が吸い取ってくれたんだろ。お前がいなかったら、俺なんかただの泣き虫じゃないか。
なあ。
ヤコ。
覚えてて。
俺を、俺じゃなくてもいい、お前に優しかった誰かを。お前が大好きだった誰かを。それが無理なら、お前が愛されていたってことだけでもいい。
覚えて、いてくれ。
ヒトを、恨んでもいいから。


ヤコ。
隣にお前がいないから今は酷く泣きたい。

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