暁を待つ庭/短編保管庫
別ブログにて書き散らした短編まとめ。
激しく気まぐれ更新。
三十センチは遠すぎる
初出:2008/5/09
ラブ。
ラブ。
大体、と君は泣いた。
大体あなたはわがままなんだ。
責めるように囁かれたその言葉を、僕はうん、と頷いて聞き流す。五月の涼やかな風が、二人の間をさわさわと駆けて行った。
三十センチ、くらい。
それが、君と僕との絶対的な距離で、それ以上詰められない代わりにそれ以上開くことも無い、ここ数年変わっていない適度な隔たりだ。
大体あなたは、大体のものは簡単に手に入れられるくせに、手を伸ばしもしないで欲しいなあなんて言っているものぐさで、
そうかもしれない。
それなのに他の人があなたのために取ってきたら、今度は笑顔でもういらないなんて言えるくらいには残酷なくせに、
流石に笑顔では言わないと思うけど。
それなのに、本気で欲しがっているように見せるのばっかり、うまいんだ。
僕は瞬きを三回、繰り返してから横の君の涙を盗み見た。
君は本当に綺麗に泣くなあ、と思う。顔をゆがめることも無く、感情に流されるでもなく、君は本当に綺麗に泣く。はらはらと、まるで涙が綺麗なものみたいに見える泣き方をする。
僕はそんな君の泣き顔を見ていることが、結構好きだ。けれどそんなことを口にしたら、君は無理にでも涙を拭ってしまうから、言わない。
君は、僕を酷い男みたいに言うよね。いつも。
というか、君に褒められたことなど一度も無い。そういうものだとあきらめてはいるけど、それでも君の言葉だけ聞いていると僕という人間は最低最悪の人間みたいにしか聞こえないので、時々ひそかに凹む。
君は泣きながら僕をにらんだ。事実でしょう、と無言で表現されて、思わず肩をすくめる。
細められた瞳の端から零れた透明な涙が、君の白い上着に染みを作った。
僕は、いつだって本気で欲しいものは欲しいよ。
それで手に入った瞬間にどうでもよくなるなら、それはそれで最低だし、大体、そんなに欲しいならちゃんと自分から手を伸ばせばいいんだ。
自分から、のところにアクセントを置いて君が視線を地面に落とす。
もう少しこっち向いていればいいのに、と心のそこでつぶやいて、同じようにうつむいた。
僕はそんなに、何に対しても消極的なんだろうか?自分で自分を振り返ってみるけど、記憶にモヤがかかっているみたいでうまくいかない。自分から手を伸ばせ、という君の声は、いつもどおりゆるぎなくって怖くなる。
だってさ、だって。
手を伸ばして、逃げられたら傷つくじゃないか。
じゃあ、逃げ道塞げば。
全部塞いだつもりでも、思いもよらない逃げ道が残ってたら?
じゃあ逃げられる前に捕まえれば。
君は本当に簡単に言うよね。
君という人間は、欲しいものは自分できっちり掴みに行くタイプだったろうか。君について思い起こしてみるけど、やっぱり記憶はふやけたままで、うまく繋がらない。
仕方がないから、今の会話を何回か頭の中で反芻した。要するに僕は臆病者の卑怯者なんだよね、と自己完結をする。
本当に欲しいものは口にしちゃいけないんだって、言ったのは誰だったろう。ねえ君は、そんな風に教わらなかった?
大体、あなたは卑怯なんだ。
君はまだぼろぼろと涙を流したまま、怒ったように吐き捨てる。けれどその表情は、どこか毅然としていた。
そういえばいつもいつも、君は勝手に怒って勝手に泣いて、勝手に解決して勝手に去っていく。
小さな嵐みたいだね、なんて例えたら、あきれたような顔をされそうだけれど。
手を伸ばして、欲しいものがつかめなかったら、あれが逃げたからだ、ってすぐ責任転嫁する。
・・・うん。
掴んだって同じ、逃げないのが悪いんだよって、すぐ責任転嫁する。
・・・うん。
もういい加減あなたは認めたほうがいいんだ、悪いのはあなた自身だってこと知っているくせに。
本当に君は僕をいつもそうやって悪く言う。けど、そうやって容赦なく気って捨てる君の口調を、僕はかなり好きだったりもして。
いい加減、僕たちはかみ合いすぎるよね、とため息をついた。五月の涼やかな風は、今度は右から吹きつけて君の白い上着をはためかせる。
三十センチ、くらい。
僕と君との絶対的な、不可侵条約。
全部認めたら、君はどうするの。
地面を見つめることに飽きたから、視線を上げる。
君はやっぱり、とても綺麗に泣いていた。
あなたが認めたら、私は覚悟を決めるだけだ。
認めなかったら・・・。
永遠にこのまま。
君も十分卑怯だと思う。
あなたには負けるんだよ。
君は綺麗に泣きながら地面を見つめ続ける。その顔は好きだけど、やっぱりいい加減飽きる。
けど、三十センチは遠すぎて。
涙へ手を伸ばしても、君は余裕でかわせるし。
逃げる前に捕まえろなんて無茶なことを言う。そのためにはこの距離が邪魔だと、何度シュミレートしても答えは同じだ。
逃げるくせに、捕まえろとか。
そこまで思ってようやく、さっきの君の言葉の意味が分かった。『欲しいものがつかめなかったら、あれが逃げたからだ、ってすぐ責任転嫁する』。
・・・ああ、なるほど。君は頭がいいなあ。
思わず笑って、前髪をかきあげた。君のほうが僕のことを、僕よりずっと分かっている。なのに僕には、君のことが全然わからなくって、そうすると僕の負けだなあ、なんて。
僕が悪いみたいだ。
果てしなく今更だけどね。
うん、だから。
触ってもいい?聞こうとして、思い出す。
逃げ道は塞げと君は言ったよね。いいですかと聞いたら、だめって言われて終わりだと、いい加減学習もしたし。
大きく息を吸って。
なんかさ、もうだめだね。三十センチは遠すぎるよ。
初めて、許可も得ず君に触れる。
綺麗に泣く君は、やっぱり綺麗にため息をつく。
今更気づいたの。
大体あなたはわがままなんだ。
責めるように囁かれたその言葉を、僕はうん、と頷いて聞き流す。五月の涼やかな風が、二人の間をさわさわと駆けて行った。
三十センチ、くらい。
それが、君と僕との絶対的な距離で、それ以上詰められない代わりにそれ以上開くことも無い、ここ数年変わっていない適度な隔たりだ。
大体あなたは、大体のものは簡単に手に入れられるくせに、手を伸ばしもしないで欲しいなあなんて言っているものぐさで、
そうかもしれない。
それなのに他の人があなたのために取ってきたら、今度は笑顔でもういらないなんて言えるくらいには残酷なくせに、
流石に笑顔では言わないと思うけど。
それなのに、本気で欲しがっているように見せるのばっかり、うまいんだ。
僕は瞬きを三回、繰り返してから横の君の涙を盗み見た。
君は本当に綺麗に泣くなあ、と思う。顔をゆがめることも無く、感情に流されるでもなく、君は本当に綺麗に泣く。はらはらと、まるで涙が綺麗なものみたいに見える泣き方をする。
僕はそんな君の泣き顔を見ていることが、結構好きだ。けれどそんなことを口にしたら、君は無理にでも涙を拭ってしまうから、言わない。
君は、僕を酷い男みたいに言うよね。いつも。
というか、君に褒められたことなど一度も無い。そういうものだとあきらめてはいるけど、それでも君の言葉だけ聞いていると僕という人間は最低最悪の人間みたいにしか聞こえないので、時々ひそかに凹む。
君は泣きながら僕をにらんだ。事実でしょう、と無言で表現されて、思わず肩をすくめる。
細められた瞳の端から零れた透明な涙が、君の白い上着に染みを作った。
僕は、いつだって本気で欲しいものは欲しいよ。
それで手に入った瞬間にどうでもよくなるなら、それはそれで最低だし、大体、そんなに欲しいならちゃんと自分から手を伸ばせばいいんだ。
自分から、のところにアクセントを置いて君が視線を地面に落とす。
もう少しこっち向いていればいいのに、と心のそこでつぶやいて、同じようにうつむいた。
僕はそんなに、何に対しても消極的なんだろうか?自分で自分を振り返ってみるけど、記憶にモヤがかかっているみたいでうまくいかない。自分から手を伸ばせ、という君の声は、いつもどおりゆるぎなくって怖くなる。
だってさ、だって。
手を伸ばして、逃げられたら傷つくじゃないか。
じゃあ、逃げ道塞げば。
全部塞いだつもりでも、思いもよらない逃げ道が残ってたら?
じゃあ逃げられる前に捕まえれば。
君は本当に簡単に言うよね。
君という人間は、欲しいものは自分できっちり掴みに行くタイプだったろうか。君について思い起こしてみるけど、やっぱり記憶はふやけたままで、うまく繋がらない。
仕方がないから、今の会話を何回か頭の中で反芻した。要するに僕は臆病者の卑怯者なんだよね、と自己完結をする。
本当に欲しいものは口にしちゃいけないんだって、言ったのは誰だったろう。ねえ君は、そんな風に教わらなかった?
大体、あなたは卑怯なんだ。
君はまだぼろぼろと涙を流したまま、怒ったように吐き捨てる。けれどその表情は、どこか毅然としていた。
そういえばいつもいつも、君は勝手に怒って勝手に泣いて、勝手に解決して勝手に去っていく。
小さな嵐みたいだね、なんて例えたら、あきれたような顔をされそうだけれど。
手を伸ばして、欲しいものがつかめなかったら、あれが逃げたからだ、ってすぐ責任転嫁する。
・・・うん。
掴んだって同じ、逃げないのが悪いんだよって、すぐ責任転嫁する。
・・・うん。
もういい加減あなたは認めたほうがいいんだ、悪いのはあなた自身だってこと知っているくせに。
本当に君は僕をいつもそうやって悪く言う。けど、そうやって容赦なく気って捨てる君の口調を、僕はかなり好きだったりもして。
いい加減、僕たちはかみ合いすぎるよね、とため息をついた。五月の涼やかな風は、今度は右から吹きつけて君の白い上着をはためかせる。
三十センチ、くらい。
僕と君との絶対的な、不可侵条約。
全部認めたら、君はどうするの。
地面を見つめることに飽きたから、視線を上げる。
君はやっぱり、とても綺麗に泣いていた。
あなたが認めたら、私は覚悟を決めるだけだ。
認めなかったら・・・。
永遠にこのまま。
君も十分卑怯だと思う。
あなたには負けるんだよ。
君は綺麗に泣きながら地面を見つめ続ける。その顔は好きだけど、やっぱりいい加減飽きる。
けど、三十センチは遠すぎて。
涙へ手を伸ばしても、君は余裕でかわせるし。
逃げる前に捕まえろなんて無茶なことを言う。そのためにはこの距離が邪魔だと、何度シュミレートしても答えは同じだ。
逃げるくせに、捕まえろとか。
そこまで思ってようやく、さっきの君の言葉の意味が分かった。『欲しいものがつかめなかったら、あれが逃げたからだ、ってすぐ責任転嫁する』。
・・・ああ、なるほど。君は頭がいいなあ。
思わず笑って、前髪をかきあげた。君のほうが僕のことを、僕よりずっと分かっている。なのに僕には、君のことが全然わからなくって、そうすると僕の負けだなあ、なんて。
僕が悪いみたいだ。
果てしなく今更だけどね。
うん、だから。
触ってもいい?聞こうとして、思い出す。
逃げ道は塞げと君は言ったよね。いいですかと聞いたら、だめって言われて終わりだと、いい加減学習もしたし。
大きく息を吸って。
なんかさ、もうだめだね。三十センチは遠すぎるよ。
初めて、許可も得ず君に触れる。
綺麗に泣く君は、やっぱり綺麗にため息をつく。
今更気づいたの。
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