暁を待つ庭/短編保管庫
別ブログにて書き散らした短編まとめ。
激しく気まぐれ更新。
IN THE WHITE ROOM
初出:2008/4/21
世界の果てをイメージする。
世界の果てをイメージする。
補給するんだよ、男は言った。
だって、失ってばかりなんだ。どんどん大きくなる空白に、どうすればそれが埋まってくれるのかを何度も繰り返し考え て。結局、泣くことしか出来ない。そうやって空白自体を押し流して、心を狭めていくしかない。けれども小さくなった心でまた空白は大きくなって、だから僕 はそのうち消えてしまうんじゃないだろうか。そんなことを淡々と。
男は、小さく笑って、あきらめたように笑って、振り返る。
ねえ深紅。そんな風に思うことはない?
くだらないな、と深紅は返した。深紅・・・その呼び名は実際、深紅の名前というわけではなかったが、好んで呼ばれる呼称の一つだった。瞳の色が、ピジョン・ブラッドもかくやと思わせるほどに深い赤色をしているのがその由来だ。
呼吸が難しいほど真っ白なその淡い部屋で、深紅の瞳の色だけが強い自己主張をしているように見えた。本当に美しい目だね、と男は笑う。何度も言ったけど、やっぱり君の目は一級品だよ。すごくおいしそうだ。
深紅はそんな戯言に一瞬眉をひそめたが、やがて構っていられないとばかりにため息をつき、男の乾いた笑いを黙殺した。白い部屋には、深紅と男が居るだけで、あとはただただ真っ白だった。
本当のことを言うと、と男がまた口を開く。
僕 は君に甘えてるんだよ、深紅。君が優しくないから甘えてしまう。突き放して欲しいんだね、自分の馬鹿さ加減を思い知らせて欲しいんだ、たぶん。ああ、でも こんなこと言うのは無意味かな。だって君は頭がいいものね、きっと僕の浅ましい考えなんか、とっくに知っていて、だからあえて何も言わないんだね。
途 切れなく言葉を吐き出して、男はもう一度黙った。白い白い世界に、男はまるで同化してしまったかのように溶け込んでいる。言い終わってから、後悔した様な 様子で床に視線を落とし、それから恐る恐るというように深紅へ視線を向けてくる。そんなしかられた子供のような一連の動きを、深紅は白い椅子に足を組んで すわり、完全に無視した。
男がどれほど懸命に話しかけても、深紅の反応はだいたいこんなものだった。だから今更落ち込むまでもないというのに、それでも小さく胸が痛む。不思議だ、と男は毎回思う。
こんなふうに心苦しいと思うのは、深紅に対してだけだ。
甘えているんだよ。男はもう一度繰り返した。声色は酷く頼りなく、衣擦れの音にだってあっけなく負けてしまいそうなほどだった。
空白に
興味がなさそうに目を閉じ、深紅は言う。
空白に空白を補給して何になるんだ?
否、深紅は本気で興味が無いのだろう。問いかけというよりは独り言に近いそれは、男にたいする大雑把な反応に過ぎず、答えを求めている様子もまるでない。
相手にしないでいるほうが鬱陶しいことになると分かっているから、こうして思い出したように相槌を打つのだ。でも、それだけの返事であったとしても、何も返されないよりはずっとましだと男は思う。
白に白を重ねたって同じ、ということかな?
ためらいがちに男が口を開くと、小さなため息と同時に深紅の深く沈んだ血液のような目が、すぅと開いた。
此処には、よそに分けてやる要素など何も無い。
言い切った声に迷いは無く。
そしてそれはもっともな内容だと男も思う。この真っ白な部屋には、余計なものは何一つ無く、めまいがするほど簡素で、排他的な空間だからだ。
そんな部屋に何を補給に来るのか。それを、男自身よく分かってなかった。
それなのに・・・。
多分、冷たいから寄りかかりたいんだ。君が優しくないから甘えに来るみたいに。どうしても、はっきりとした拒絶が、きっと。
つらつら、男はうわごとのように零す。深紅がへえ、と軽く答えたあと、座っていた椅子の上で組んでいた足を解いた。
自虐的。
あっさりと確信を突き、ついでに息を吐いた。
で?
自分で傷口をえぐってえぐって、塩を塗りこまれるのをまっているのか。おそろしくうざったいな。
その言い方はあんまりじゃないか?
男は情けなく歪んだ顔を、上目遣いに深紅に向けた。しかし深紅は決して嫌味で言ったわけではない。彼は思ったとおおりのことしか口にしないのだ。そしてただ思ったままにぽんぽんと言葉を吐くだけなのだ。
まあ、いつでも好きなだけ、入り浸るがいいさ。
深紅は男を否定しない。
この真っ白な部屋も。空間も。
けれど。
だがお前がほしがっているものは。
やらないよ。
否定こそ男がほしいものだと。
知りながらにやりと笑う。
だって、失ってばかりなんだ。どんどん大きくなる空白に、どうすればそれが埋まってくれるのかを何度も繰り返し考え て。結局、泣くことしか出来ない。そうやって空白自体を押し流して、心を狭めていくしかない。けれども小さくなった心でまた空白は大きくなって、だから僕 はそのうち消えてしまうんじゃないだろうか。そんなことを淡々と。
男は、小さく笑って、あきらめたように笑って、振り返る。
ねえ深紅。そんな風に思うことはない?
くだらないな、と深紅は返した。深紅・・・その呼び名は実際、深紅の名前というわけではなかったが、好んで呼ばれる呼称の一つだった。瞳の色が、ピジョン・ブラッドもかくやと思わせるほどに深い赤色をしているのがその由来だ。
呼吸が難しいほど真っ白なその淡い部屋で、深紅の瞳の色だけが強い自己主張をしているように見えた。本当に美しい目だね、と男は笑う。何度も言ったけど、やっぱり君の目は一級品だよ。すごくおいしそうだ。
深紅はそんな戯言に一瞬眉をひそめたが、やがて構っていられないとばかりにため息をつき、男の乾いた笑いを黙殺した。白い部屋には、深紅と男が居るだけで、あとはただただ真っ白だった。
本当のことを言うと、と男がまた口を開く。
僕 は君に甘えてるんだよ、深紅。君が優しくないから甘えてしまう。突き放して欲しいんだね、自分の馬鹿さ加減を思い知らせて欲しいんだ、たぶん。ああ、でも こんなこと言うのは無意味かな。だって君は頭がいいものね、きっと僕の浅ましい考えなんか、とっくに知っていて、だからあえて何も言わないんだね。
途 切れなく言葉を吐き出して、男はもう一度黙った。白い白い世界に、男はまるで同化してしまったかのように溶け込んでいる。言い終わってから、後悔した様な 様子で床に視線を落とし、それから恐る恐るというように深紅へ視線を向けてくる。そんなしかられた子供のような一連の動きを、深紅は白い椅子に足を組んで すわり、完全に無視した。
男がどれほど懸命に話しかけても、深紅の反応はだいたいこんなものだった。だから今更落ち込むまでもないというのに、それでも小さく胸が痛む。不思議だ、と男は毎回思う。
こんなふうに心苦しいと思うのは、深紅に対してだけだ。
甘えているんだよ。男はもう一度繰り返した。声色は酷く頼りなく、衣擦れの音にだってあっけなく負けてしまいそうなほどだった。
空白に
興味がなさそうに目を閉じ、深紅は言う。
空白に空白を補給して何になるんだ?
否、深紅は本気で興味が無いのだろう。問いかけというよりは独り言に近いそれは、男にたいする大雑把な反応に過ぎず、答えを求めている様子もまるでない。
相手にしないでいるほうが鬱陶しいことになると分かっているから、こうして思い出したように相槌を打つのだ。でも、それだけの返事であったとしても、何も返されないよりはずっとましだと男は思う。
白に白を重ねたって同じ、ということかな?
ためらいがちに男が口を開くと、小さなため息と同時に深紅の深く沈んだ血液のような目が、すぅと開いた。
此処には、よそに分けてやる要素など何も無い。
言い切った声に迷いは無く。
そしてそれはもっともな内容だと男も思う。この真っ白な部屋には、余計なものは何一つ無く、めまいがするほど簡素で、排他的な空間だからだ。
そんな部屋に何を補給に来るのか。それを、男自身よく分かってなかった。
それなのに・・・。
多分、冷たいから寄りかかりたいんだ。君が優しくないから甘えに来るみたいに。どうしても、はっきりとした拒絶が、きっと。
つらつら、男はうわごとのように零す。深紅がへえ、と軽く答えたあと、座っていた椅子の上で組んでいた足を解いた。
自虐的。
あっさりと確信を突き、ついでに息を吐いた。
で?
自分で傷口をえぐってえぐって、塩を塗りこまれるのをまっているのか。おそろしくうざったいな。
その言い方はあんまりじゃないか?
男は情けなく歪んだ顔を、上目遣いに深紅に向けた。しかし深紅は決して嫌味で言ったわけではない。彼は思ったとおおりのことしか口にしないのだ。そしてただ思ったままにぽんぽんと言葉を吐くだけなのだ。
まあ、いつでも好きなだけ、入り浸るがいいさ。
深紅は男を否定しない。
この真っ白な部屋も。空間も。
けれど。
だがお前がほしがっているものは。
やらないよ。
否定こそ男がほしいものだと。
知りながらにやりと笑う。
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