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恋文

初出:2006/02/06
タイトルのまま。愛。
君へ。


君がこの手紙を見ることは永遠にないだろうけれども、それで もこうして手紙を書く愚かな僕を笑ってほしい。本来ならば、もっとはやくにしたためておかねばならなかったことを、おそばせながら、ようやっと言葉にしよ うと思う。ただ、それは僕のような筆不精にはなかなかに難しいことであるので、多少読みづらいのは容赦してほしいと思う。
僕が君に手紙を書くなんて、これが最初で最後になるだろう。
これは、君宛のラブレターだ。
こんな気恥ずかしい単語は、今後一切使わないだろうし、今だって、本当は顔から火を噴きそうなほど照れくさいのだが、断言しなければ書くことすらくじけそうなので、きっぱりといっておく。
もう一度だけ、これは、君宛のラブレターだ。
今 二度も断言した言葉を読み返してみて、本当にいたたまれない気持ちで一杯な僕だ。どうかこの手紙が、君以外の誰かに見つからないことを祈るばかりである。 もしも誰か、これを見つけるものがあったなら、どうか僕には何も言わずに馬鹿なことをしているもんだと笑って、もとの通りに戻しておいてほしい。もちろ ん、そういうことのないように精一杯難しいところに隠すつもりではあるのだが。
僕がこれから君に書く事は、今まで一度として口にしたことのないこ とばかりだ。本当なら、言葉にするべきだったと思うのだが、どうにも生来、そのような気恥ずかしさには耐え難い根性なしである。聡い君のことだ、もしかし たら文章にするまでもなく、本当はわかっていたのかもしれないが。
君は、口を開けば仕事か腹減ったしか言わないような堅物の妻として、本当によく尽くしてくれた。感謝の言葉なら、いくら紡いでも足りないほどだと思う。
思えば、いい夫ではなかったよ。若い時分には分からなかったが、今ならば手に取るように分かる。僕は少し頑固すぎて、世間の道理をしらなすぎた。今でこそ笑い話だが、こんな愚かな男に、よくついてきてくれたものだと思う。きっと、きっと、苦労したことだろう。
君 に感謝することなどいくつあげてもきりがないが、まずはこんな堅物と一緒になってくれたことを、何よりも有難いと思う。それから、家を空けることが多かっ た頼りない僕のかわりに、しっかりと家庭を守ってくれた。貧乏で苦労したときも、泣き言一つ言わずに笑ってくれた。思えばいつも、助けられてばかりいた ね。
有難う。
君が僕にくれたたくさんの恩恵を省みる度、僕が君に何かを与えてやれたのだろうかと考えるのは胸が痛む。僕は底なしの不器用 で、君を喜ばせることさえも満足にできはしなかった。かえって、君のためと思ってしたことは裏目に出ることが多かったように思う。君が困ったように微笑む たびに、ああまた失敗したと、そう思って惨めな気持ちになったものだ。
君は分かっていただろうけれど、はっきりと口にしたことは本当になかった。だからこそこうして、筆をとったのだけれども。
僕は、君を世界で一番大切に思っている。
改めて言葉にすることの、なんと気恥ずかしいことだろう。こんな手紙は今すぐ破り捨てて暖炉にくべてやりたいくらいだ。実際、書き上げたときどうしようかと、いまだに往生際悪く迷っているのだが。こんなところでまで、頼りない男であきれるだろうか。
こ うして筆をとり、君の好きな藤色の便箋に、君への思いをつづれる今日が、どんなに幸せなことだろうか。僕はきっと、君と一緒にならなかったならこんな気持 ちになるときなどなかっただろう。こそばゆく、舞い上がったふわふわとした気持ちで、温かい日差しに照らされながら、ただ君だけを思うだなんて。
僕は、最高の果報者だ。
もし君が、僕がこんなものを書いていると知ったなら、どう思うだろうか。その小さな唇をすぼめて、照れたように笑うだろうか。笑ってくれればいいと思う。僕が君の笑顔を作れたことなど、本当に数えるほどしかないのだからね。
思えば、好いているだの愛しているだの、そんな甘い言葉さえも口に出来ずに、よく君と結婚できたものだ。君が感情に聡くて助けられてばかりだね。本当に、有難う。
何度でも、有難う。
僕達はこれから先、そう長くは生きられないだろうし、どちらが先に行くかも知れないが、遠からず離れ離れになるだろう。
僕は、できれば君よりも先に、浄土へいければと願っている。というのも、頑固一徹で通してきた男が泣く姿を、息子達や孫達に見せたくないのだ。君が死んだとなれば、それは、泣くなというのが無理な話であろうから。
い つか、約束したね。僕があんまり危ういからと、君が優しく言ってくれたことだ。君の前では意地を張らず、泣けばいいと。僕はその約束を、意固地になってこ の年までずっと守ってきたものだ。それを守らんがために、君より先に死にたいなどと願うこの愚かな男を、どうか笑って許してほしい。浄土で君を待てたらい いのだが。
君には、最後まで迷惑をかける。
けれども、君よ。これだけは誇ってほしい。僕より他に、君をこれほど深く愛する男はいない。それだけは自信を持っているのだ。生涯これほど恥ずかしいことはないが、けれども断言しよう。僕こそが、世界で一番君を愛する男である。
長々と書いてしまったが、本当に、この手紙が一生発見されないことを心から祈ろう。もしも君に見られたとあったら、僕は恥ずかしさで生きては居られないだろうね。
本 当に照れくさくて、こんなものを書いてしまった自分が信じられないくらいだけれども、この手紙はちゃんととっておこうと思う。いつか、僕が居なくなった世 界で、君がこれを見つけてくれればいいと思う。馬鹿なことを書いたものだと、それで少しでも笑ってくれたら、僕は本当にうれしいだろう。


支離滅裂な手紙で、読みづらかっただろうけれど、最後まで読んでくれて有難う。
これを読む君に、笑顔あれと願うよ。
そして、叶うならば来世もそのまた来世でも、君に出会えますよう。
切に、祈る。



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