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風凪

初出:2006/02/01
柳と猫の夜。
柳の下には死人が宿るというよ。
昔、昔からの言い伝えさ。


俺のじいさんのじいさんのじいさんの代からずーっと言われ続けていることさ。ほら、ここにくる途中に、町の真ん中の川をわたる、赤い橋があったろう?あれときっちり左右対称になるよう、双方に柳の木が二つ、植えてある。
風が凪いだときだけ、あの柳の下に、この世に未練のある魂がやってくるのだという。
川上のほうから見て、右は浄化。左は不浄。
左の柳に出る霊は悪霊だ、恨みを抱いて憎悪に歪む。
右に出るのは綺麗な心の持ち主、伝言を頼まれたならば聞いてやれ、と人は言う。
ところで、この町は風が強いので有名だし山から吹き降ろす風の通り道だから、そうめったに止むこともない。万年風だとか言われて、風車もあちこちに出来るくらいだから、止んだら困るというのが本音だろう。
そんな町でこんな伝説が生まれるというのは、多少滑稽じゃないかい?
つまり、俺はその言い伝えに、ある程度の根拠があるんだと思っているわけだ。
とはいえ、俺は学者ではないし、民話の研究家なんかでもない。年寄り連中と話すことさえ稀な俺に、言い伝えの根拠なんぞ探る手段もないが。
けどそれでもそう思うのには、夢みたいな体験があるから、なんだろう。

俺は、柳の下の幽霊を見たことがある。

風が凪ぐ日というのは本当に珍しいのだが、稀にあるとしたらそれは夜が多い。それも長い時間でなく、少しの間だけ。ほとんどは一時間すらもたない。
俺がその幽霊に会ったのも、そんな夜の凪だった。
その日は新月の夜で空には星が瞬き、風が止んでぼかりと空白があいたかのように静かで、なれないその柔らかな沈黙から逃げるように早足で大通りを歩いた。
俺の家はあの橋のすぐ近くにあるので、嫌でも柳は目に入ることになる。その日も、何気なくぼんやりと歩きながら、知らず知らずのうちに赤い橋と柳を帰宅の目安にしていたのだった。
左と右とでは、幽霊の質が違うとは言ったね?
俺の家は、その悪いほう、左側にあるというわけだ。
そんなこともあってか、凪いだ夜に外を出歩くのはとても嫌なものだった。俺はこう見えて小心者なものだから、幽霊にあうのは怖いのだ。
その夜は、本当におあつらえたように穏やかな夜で。
俺が会った幽霊は、人間ではなかった。
柳の下に、浮かび上がるように鎮座していたのは。
小さな、黒い猫、だった。

左の柳の下に居るのは悪霊だ。きっとあの猫も恨みを抱いて死んだのだろう。
ぎらぎらと燃えるような瞳は、視線だけで人間を焼き尽くそうとするように熱く、よどんで空を見据えていて。ひたりと動きを止めた柳の下に横たわり、どろりと不吉を撒き散らして。
ああ、けれどもけれども。
俺はあれほど悲しいモノを、生まれて初めて見たのだよ。
その猫は恨み言の一つも言わず、攻撃してくるでもなく、ただただ静かに俺を見据えて微動だにせず。
風のないねっとりとした空間に、全身で悲鳴を訴えながら、それでも沈黙を保ってそこに居た。
あれほどの苦しみを。
あれほどの悲しさを。
ぶつけられたのは初めてだったのだ。
足が止まり、呼吸を忘れた。
体が動きを忘れ、目が瞬きをやめた。
それはきっとあっという間の時間だったと思うのだが、それでもずいぶんと長い間微動だに出来ぬままそこに立ち尽くしたような気がする。
ふいに、頬をなでるように風が揺らいで、次の瞬間にはもう、猫の姿は消えていた。
柳の下には幽霊が出る。
左は不浄、右は浄化。
けれど心に触れるのは、激しく揺さぶるのは、きっと怒りであろう。
怒りと悲しみと苦しみと。
それほど強い感情もめったにはあるまい。
俺はあの猫に、それを教えられた気がするのだよ。


柳の下には幽霊が出る。
左の柳は不浄の霊が。
けれども俺は、またあの猫にあいたくて、外に出るのだ。

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