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春待ち

初出:2009/2/22
春が好きです。



春を呼ぶのは、何でしょう。


「また此処に居りましたか」
そうっと庭の桜木に耳を押し当てていた小さな男の子が、声に、はっとしたように振り返った。
「姉様、御免なさい、探しましたか」
まだ十を少し越えたほどの少年は、半纏を羽織っただけの姿で、今日のような薄曇の冬の日には寒そうに見える。声をかけた少女は、頬に手を当ててため息をついた。
「いいえ、いいえ。探してはおりませぬ。貴方がお部屋に居ない時は、ここくらいしかありませんからね」
それから、庭の桜木を見上げて、まだそこから動かない少年の手をとった。
「ほぅら、こんなに冷え切って。お前は体が弱いのだから、あまり外を出歩いていてはいけません。芯から凍えてしまう前に、戻りますよ。梅花もまだというのに、桜はまだまだ咲かないでしょう、何をしているというのです」
少女は十七、八の若い娘で、年の離れた弟が心配でたまらないようだった。病弱なのだろう、同じ年頃の子供と比べるとはるかに細い少年は、顔色も青白いようだった。はい、と返事をして少年は、まだ心残りそうに桜を見上げ、少女に向き直る。
「音を、命の音を聞いていたのです」
「音、ですか」
「はい、木の、幹から」
それから何か、思い出すように少年は目を閉じる。
「桜の、内側から。ことこと、と・・・水の流れる音がするのです。姉様、前に言っていらしたでしょう。桜は冬眠っているのだと。でも、眠っているのでも、僕と同じでちゃんと生きているのです。僕は、それを聞いていたのです」
少女は、少年のやせ細った手足に思わず目をやって、早く中に入ろうとその手を引いた。それに構わず、少年は目を開けてからもう一度桜を振り返る。
「姉様、姉様前に、なぞなぞを出してくれたでしょう。雪がとけたら何になる、というやつです。姉様は、雪が解けたら春になると教えてくれました」
「ええ、そうでしたね」
「僕は、それで、考えたのです」
引きずられるように歩きながら、少年は言う。
「僕は、僕にとっての春は、桜が咲いたときです。だから僕は、桜が春を呼ぶと思っていました」
縁側までたどり着いても、少年はまだ桜木を振り返っている。いいから早くと、姉が手を貸すのに、いやいやと首を振る。
「姉様、僕は、死んだら灰になって桜を咲かせる手助けをしたいです」
「これ、滅多な事を」
縁起が悪いことを言うのではない、とたしなめる姉に、けれども少年は笑った。
「僕が、春を呼ぶ手助けをするのです。そうしたら僕は、とても幸いです」
何を言うか、と叱ろうとした姉の声は、しかし何か諦めたように笑う少年の表情に、喉下から吐き出されることはなく飲み込まれた。


何をもって春としよう。
なんでも良いならばそれは桜だ。
では何が桜を呼ぶの。
この声が、この体が、この魂が、それを呼ぶならば、それは。

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