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CryFor the Moon

初出:2009/2/25
人形の話。生きる話。死にゆく話。

月をねだっている。
だから、手に入らないのは当たり前なのだろう。


雨が降った。
約3日ぶりの雨だったが、今がどの季節だったかを判別できなくなってしまったので、よく降るなと思うべきなのか、余り降らないものなのだなと思うべきなのか分からない。
コンクリートの崩れた壁に寄りかかって、ただ、雨だなと空を見上げた。
色彩を映す機能はすでに動かず、近くの柱に影が見えないことで、かろうじて今を夜と判断する。耳はずっと前からもう聞こえなかったが、皮膚組織がはがれ落ち、さび付き始めた指ではろくな修理も出来ない。
その前に、部品もないけれど。
数え続けただけで六千飛んで二十三回目のため息をつき、ひび割れた体を庇うように少し体勢をずらす。今も鮮明にメモリの中に存在するかつての美しい町は、皮肉なほど廃れ果ててただただ眠り続けている。
せめて月があったならよかったのに、と思った。少しでも明るいほうが、状況の判断がしやすいので。
かつて、たとえばポンベイと呼ばれた都は火山によって崩壊したという。
または、アステカとよばれた帝国は他国の侵略によって潰えたといわれる。
形在るものはいずれ崩壊し消え去るのが常である。データ的に見てもその説を覆せる根拠も論拠も無い。
では、なぜ、自分はまだこうして動いているのだろうか。
変色し、動かすたびに可笑しな音を立てる手のひらを見つめてみた。
雨に濡れてまた侵食が激しくなるだろうが、そのことを惜しいとは思わなかった。自分の存在を知識としてきちんと把握しているつもりでいる。
自分は、機械だ。故に衣食住なくして永らえ、己以外の全てが崩れ去った場所でも存続できる。それはよく理解できる。
しかし、屋根も無く雨も防げぬ吹きさらしの場所で、メンテナンスも修繕もなく、なぜか七千三百十五日間も動き続けている現状は理解できない。
確 かに、自分の動力はソーラーバッテリーだ。その気になれば半永久的に動けるのかもしれない。理論的にはそうだろう。だがしかし、同時に自分のような高度な 機体がこのような劣悪な環境に著しく弱いことは事実であるし、自分の表面組織には生活防水程度の加工しかなされていないこともまた事実である。現に瓦礫に 埋もれて分離された右足パーツは機能停止状態にあるし、その損傷箇所からの浸水によって下半身はショート状態だった。分断機能が働いていたとしても、上半 身に何の影響も及ぼさなかったことは奇跡に等しい。
最も、その上半身パーツにも、長年の放置によって苔が生し、寄りかかっているコンクリートの壁 との癒着も進みつつあった。この手のひらも、今はまだ動くかもしれないがそのうち完全にさび付いてしまうだろう。まだかろうじて映像だけは拾えている目 も、時折酷いノイズが入るようになっているし、耳に至っては完全に壊れている。耳が壊れていると、口が壊れているのどうかも分からない。
そんな状態だというのに、まだ中枢はきっちりと機能していて、現に今ついたため息の数もしっかりと把握できている。六千飛んで二十四回目。
本 来の役割であった「歌う」というプログラムへのアクセスもスムーズだった。雨の中、そのプログラムを立ち上げて、何とはなしにいくつかの楽曲をセ レクトした。耳がすっかりダメになっているので、歌えているのかどうかは分からない。自分と同じような機械たちの中で、自分はそれほど上手に歌えるほうで はなかったし。それでもメモリの中のデータをさらえば、そんな自分が歌うことを何より喜んでくれていた人がいたことさえ、鮮明に思い起こせた。
歌う。
かつてここに美しい町があったことを、いまや誰が知るだろう。
かつて自分を何より大事にしてくれた誰かがいたことを、自分はいつまで覚えていられるだろう。
か つて覚えたこの歌の意味を、メロディを、自分はいつまで発することが出来るのだろう。全ては無意味な問いであり、それに答えなどは返らない。もしかして答 えがあるとして、その答えが出るころには自分と言う存在そのものが消え去っているはずだ。そうでなければおかしいし、そうでないはずがない。この体の全て の機能が停止するのは、明日かもしれないし一週間後かもしれない。少なくとも六千日ほど昔も、自分はそのように判断していた。
なぜ、永らえている。
分からない理解できない分析も解析も何も。
分かるのは、自分を何より愛してくれたその唯一が、この街の崩壊のときに自分に命じた言葉だけだ。
生きて、とその存在は言った。
自分はもとより生きてはいない。そんなことはその人もきちんと分かっているはずだった。機械だから雨に当たるのはよくない、と小言を言ったことだってある人だ。だというのに。
それでも、その人はそう言った。

生きて。
生きて、いて。

ま るでなにかの呪文のように繰り返してそう言った。司令系統がその矛盾を訂正することに不許可を出した。自分に出来たことは、ただその人のその言葉に頷くこ とだけだった。頷いた自分を満足そうに眺めて、その人は機能を停止した。人間と言うのは脆いと聞いていたが、それでもあれほどあっけないとは予想だにしな かった。
逃げろだの助けてだの、どうしようもない数の命令が街にはあふれていて、自分はその中のどれも聞くわけには行かなかった。なぜなら、自分が唯一と定めた人は生きてという命令を最後に存在を消し、今や誰でもが自分の主となりえたからだ。
直ぐに耳を壊した。聞こえなければ誰かにへりくだる必要性が生じない。
自分を壊すように司令系統が働いたのはあのときだけだ。以来、七千三百十五回の夜が来た。
いくつかの歌を歌い終わり、もう一度空を見上げる。雨はまだまだ止みそうになく、空は暗くどんよりとしたままだ。
月が出ればいい、と思う。あの人が好きだった。


そういえば、月が欲しいと泣くことは、無いものねだりという意味だった。
既に使い道の無い辞書ツールのレスポンスに、さび付いた手のひらを握り締めた。あとどれくらい永らえるのだろう。薄れていく唯一の人の記録をもう一度再生すると、あざ笑うかのようにノイズが一筋、記録の一部をのっとっていた。

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