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理由

初出:2005/12/23
クリスマスが近いからラブを書こうと思ったはずだった。
きっと本当はわかっていたのかもしれない。
理由になるから知らないフリをしていただけだ。


「雪ですよ、副隊長?」
氷点下の風に吹かれる屋外で、それでも背筋をしゃんと伸ばしてたたずむ影に、一応と声をかける。
無造作に束ねた髪に、腕に巻かれた赤いスカーフ。間違えなく、彼女だろう。
「ああ、わかっている」
女性隊員としてはじめて、副隊長の任命を昨日受けたばかりの彼女は、勅命にうれしいんだかうれしくないんだかわからない無表情のままで、あっけないほど単調に「有難うございます」とだけ返した。昨日のその姿を、なぜだか鮮明に覚えている。
きっとそういう口調なのだろうけれど、もう少しお世辞でもうれしそうにすればいいのにと思ったほどだ。
「僕は軍医ですから、副隊長が体を崩される可能性のある行動は見逃せないんですけれど」
「崩さない」
「・・・あなたも人間なんですから、絶対とは言い切れないでしょう?」
「絶対に」
「・・・意地っ張り」
ため息をついてつい、言葉をこぼせば、彼女はようやく振り返った。
それでも、いつもの無表情のままだ。
「意地っ張りには意見するだけ無駄だ、お前のほうこそ風邪を引くぞ。医者が体調を崩しては迷惑だ、引っ込め」
鉄の女、だとか。
いける鋼鉄、だとか。
彼女にはずいぶんな二つ名がまとわり付いている。
似合うし、その通りだとも思うが、このテンポを消して崩さない口調と、めったに笑いも怒りも怒鳴りもしないけれども有無を言わせない性格は、確かに異彩を放っている。
副隊長への人事でも、異例のことだが。
本当を言えば、誰もが、彼女こそ隊長にふさわしいと思っていた。ただ、前例はない。
「副隊長が引っ込むなら引っ込みましょう」
「ならばそこで凍死しろ」
「・・・はいはい、仕方がないですね」
お手上げのポーズをとって、彼女の隣に立った。空から舞い降りる白い雪が、世界を浄化しようとしているようだ。
綺麗だ、と思う。
血塗られた戦場にも、許しが与えられたかのようだ。
「何人死んだ?」
不意に、こちらを見ないまま彼女が問う。
「今日は26人」
「そうか」
「・・・救護テントが狙われるとは、さすがに思っていませんでしたけれどね」
「悪運の強いやつだ」
「たまたま、看護士たちとけが人の搬送に行っていたんです。幸運だったといってくれませんかね」
「お前が無事で助かった」
「・・・殺し文句ですか」
「この程度でお前が死ぬならな」
彼女とはじめて会ったのは、七歳の秋だった。
今でも覚えている。
栗毛の綺麗な少女だった。にこやかに微笑めば、ぱあっと周りが明るくなるほどの魅力があった。武器など持ったことがない、普通の両家のお嬢さん、だった。
彼女は、変わった。
いや、変わらざるをえなかったのだろう。
彼女は戦争で家族を失い、一人で死に物狂いで生きていた。そして流れ着いた先が、この部隊だ。
果物ナイフさえ触ったことのなかった少女が、成長して銃と剣を握る。
苦しいほどの、事実だ。
「・・・僕は死にませんよ。あなたの前では」
「そうか」
彼女の心を知っている。
彼女の選んできた道を、彼女のその選択を。全てを間近で見てきた。
だから、彼女の目の届く位置で、死ぬわけにはいかない。この戦線に出るとき、固く誓った。
「だから、戻りませんか」
「・・・もう少し」
舞い続ける雪の中に、二人ぼっちで。
「・・・泣けばいいのに」
「はは、私が?」
「そうですよ、あなたが」
「今は、まだだめだ」
「今は、ですか」
どうせ二人きりなのに。


「お前が死んだら泣こう」


悲しいほどに綺麗な、無表情。
「・・・でしょうね」
そんなこと、本当は知っていた。
強がって強がって、まっすぐに立ち尽くす彼女は、誰かへ寄りかかることなど必要としない。
わかっているから。
抱きしめる理由なんか、知らないふりをしなければ。


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